2017年8月18日金曜日

断線

2週間前に2000円くらいで買ったイヤホンが使えなくなった。音は途切れ途切れ、プラグあたりをグリグリ回したりすると、一瞬、音が戻ってザーザー聞こえ、そしてまた聞こえなくなる。イヤホンやヘッドホンを使って音楽を聴き始めた10代から続く、断線のストレス。

雨の朝だった。また断線したかと、イヤホンを耳から抜いて、雨の中、ぼんやりと駅まで歩く。雨足はやや強く、先ほど聞こえていた断線のザーザー音と差して変わらぬような雨音である。今日は何かしら聴き続けていたかった、今日は何も聴くべきではない。思いのあれこれは雨に流され、下水道を流れて去った。

お盆なのだった。駅前の花屋で仏花を買い求める。ほおずきが一輪入っているものにした。銀座百点の最新号を読みながら、電車で墓に向かう。

10年近く前、浅草のほおずき市に行った。おかみさんがスカートに下駄履きの店で蕎麦と鴨鍋を食べ、あんみつ屋までの道を大人4人、フラフラ歩いて行った。ふと気づくと、一人いない。見ると、民家のお勝手がほんの少し開いていて、その人が中に入って行こうとしている。彼の親友が「何してるんですか!」と声をかけると、ハッとして「ほおずきが……」と言う。薄く開いた扉の向こう、三和土に水の張ったバケツ、その中にほおずきが束で入っているのが見えた。ほおずきを手に取ってみたかったと言う。その日の浅草は、そこらじゅうにほおずきが在ったというのに。あんみつ屋で、「犯罪者になるところでしたよ」「ほおずき盗んでね」と、夏休みの子供みたいに無邪気に話し合った。

あの晩、ほおずきを手に取りたかった人の墓なのである。風船のように膨らんだ、あれは実なのだろうか?血管が透けているみたいに薄い橙色の膜の中は、昼も夜も明かりが灯っているようである。ほおずき、鬼灯とも書く。それは、グレーの墓石の下に在る骨の持ち主に、なんとも似合う字面でもある。口で鳴らすと、きゅいきゅいっと鳴る。『陽炎座』で、ほおずき売りの婆さんが「死んだ女の魂の泣き声」と言う、あの音。お盆なのに、雨の墓地に人はまばらであった。屑入れの中ではピー缶が雨に濡れ、軽く転がっていた。

行きも帰りも、2両編成の路面電車に乗った。人びとの生活が、車窓からグンと近い町を、電車は抜けて行く。その車窓から見えたイタリアンに入ってみた。しばらく狭い入口で待たされる。大きな窯のある店。なぜ吸い込まれるようにここに入ったんだっけ?よく分からない。「お待たせしました」。案内された地下に、他の客は一人もいなかった。さらに、店員さんもいないのであった。「これから満員になる予定です」とおにいさんは笑って、メニューを置くと、1階へ戻って行った。無人のカウンターにはドライフラワーの束が3つ吊るされ、ベージュのテーブルクロスが敷かれたテーブルは輪舞曲を踊るかのように、フロアに配置されている。その隅に腰を下ろした私は、墓の下の人が「きれい」と喜びそうな押麦と白いんげん、温野菜のサラダにレモンを絞り、豚の頬肉と夏野菜のキタッラを、丁寧に食べた。とうとう最後まで地下のフロアは満席にならなかった。食事を済ませて表へ出ると、雨はずいぶん小降りになっていた。

夕方になると、雨はさらに弱まった。間も無く止みそうであった。私は息子のお迎えのため、外へ出た。いつも聞いている荒川強啓デイキャッチでも聴こうかと、懲りずに断線しているイヤホンを耳に突っ込んだ。あーやっぱり聞こえない。そう思って、そのままiPhoneをポケットに入れた。すると、「……お客様のお掛けになった電話番号は現在使われておりません」という、おなじみのアナウンスがはっきり聞こえてきた。画面を見ると、墓の下にいるはずの人の名前と電話番号が表示されていた。雨に濡れた草の青くさい匂い。私は静かな軽い明るい気持ちで電話を切って、雨に濡れながら、息子を迎えに行った。

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