2017年4月19日水曜日

It's Magic

日曜日、近所の大きな公園で行われていた軽トラ市で花の苗を買った。息子が「これ、このいろがいい」と選んだそれは、キンレンカであった。鮮やかな橙色の花弁、くっきり明るい緑のまるい葉は、お店の人によると、「サラダとか、サンドイッチに挟んで食べると美味しい。ピリッとして、マスタードみたいな味です」とのこと。花を3つつけていて、葉の下には蕾が数個控えている。160円也。帰りしな、「これ、よかったら。今度やるイベントです」と、チラシをいちまい、キンレンカと一緒に渡された。

私は、かつて、こういう、アクトローカル的な、地域の優しいつながり的なイベントが苦手だった。田舎者のコンプレックスか、ひねくれか。しかし私も40代。苦手だったはずのことでも、素直に見直せるようになり、受容できることも増えた。今や、自分とは一生無縁だと思い込んでいたヨガをやり、ハーブティー(トゥルシー)を飲み、漢方薬を飲み、オーガニックシャンプーを使っている。かつての私なら、「オーガニック」という言葉にも唾棄する勢い。何だったんだ、あれ。数年前の自分に問いかけたい。寄る年波とはそういうものなのか。もう突っ張らなくていいのか。突っ張る元気すらないのは確かだが… そもそも、何に突っ張っていたのか、突っ張るって、そういうことなのか…??

桜吹雪の中、息子と座ったベンチで、私は、手渡された「花屋さんが企画した地域の催し」に珍しく興味を持ってしまった。優しげな桜色の文字、酒屋さんや手作りの焼き菓子のお店やカレー屋さんの出店、小さな演奏会。行ってみたい。行こうかな。穴が開くくらい、じっとチラシを見つめる。その中に珈琲を淹れる男女の写真、紹介文があった。なんだか妙にひっかかった。文明の利器(インターネット)で検索。家からほんの少し離れた場所で、定食屋さん、焙煎所もやっているらしい。翌日の昼、夫とその定食屋さんへ行ってみることにした。おー、アクトローカル。

強風の歩道橋を上がり降り、たどり着いた目的地は、白い箱のような建物。写真の2人が出迎えてくださった。ランチは予想以上に美味しかった。アイスコーヒーも美味しかった。あまりに美味しかったので、チーズケーキも注文。これもまた美味であった。手触りのいい木のテーブル。心がこもった、うつくしく並べられた皿の上の食物。私たちは丁寧にゆっくりと食事をした。食事しながら、流れている楽曲のアーティスト名の当てっこをした。店主と少しお話をして、「また来ます」と、外へ出る。まだ風が強かった。来た道を戻り、再び歩道橋を上がり降りながら、かかっていた音楽の話になった。「やっぱり、ああいう、毒っ気のない音楽になるんだよね。だからこそ、ご近所の人が寄れるところもあるのかなぁ」と、夫は言った。

夫と別れ、私はかかりつけの眼科のある下北沢へ出かけて行った。視野検査を終え、外へ出ると、息子が言うところの「ほそーいあめ」が降っていた。古本屋の外に出ている100円コーナーで、持っているのに、吉本ばななの『キッチン』と『白河夜船』を買った。

数日前、夢に、またしても、死んだボスが出てきた。夢の中でもすでに死んでいて、それなのに、死んでいるはずのボスとタクシーに乗った。本人も「俺の葬式だし、俺は行かなきゃ」みたいなことを言っていた。私が香典を新聞紙を切り貼りした袋に入れているのを見かねて、「ほら、これに入れたら」と香典袋をくれた。

 2冊をそのまま手に持って、迷うことなく「いーはとーぼ」へ行った。訪ねるのは1年ぶりくらいだろうか。映画や舞台のポスターがべたべた貼られた階段を上り、開け放されたドアから店内に入ると、いつも座る窓際の席で、マスターが窓から外を眺めていた。

むかし、男どもに意地悪をされて、慣れないウィスキーに酔いすぎた。肌寒い、雨上がりの夜だった。露悪的な蛍光灯が眩しい花屋でユーカリの鉢を買って、脇に抱え、「いーはとーぼ」へ行った。奥の席、窓際の席で、ユーカリの葉をむしって食い、コーヒーを飲みながら、詩を書いた。「ユーカリ」というタイトルの、暗い詩だった。書きながら、紙が発光して見えたのを覚えている。初対面の男どもに軽く扱われ、生ぬるく優しくされて、悔しくて、寂しかった。一方で、瞳爛々、「書ける」と思った。書いた詩は、後日、小さな賞を獲った。

その時と同じ席に座って、その夜と同じシティーローストを飲んだ。聴いたことがない音楽が流れていた。先ほどの定食屋さんに比べると、音が大きい。でも、ちっとも邪魔にならないのね。毛穴という毛穴から吸い込むように、音楽を聴く。吸い込つつ、本も読む。単行本しか持っていなかった『白河夜船』の、原マスミさんによる文庫本解説を、まず読んだ。「健全な孤独」という言葉が身にしみた。『ある体験』を読みながら、ふと視線を上げると、窓の外はしっとりと街を湿らす細い、柔らかい針のような雨。眼前に、清潔なかすみ草が一輪。私は探す、あの写真とあの写真。あった、シャルロット・ゲンズブールのポートレイト、キップ・ハンラハンのポートレイト。いずれも、随分と若い。それを目に入れて、私は初めてこの店に来た20年ほど前を思い出す。昼も、夜も来た。恋をしている時も、そうでない時も、失恋したばかりの時も来た。ひとりで、友人と、片思いの相手と、母親とも、夫とも来た。大学生の時、レコード店店員の時、映画の仕事をしている時、クリーニング屋でバイトしている時、夫と結婚した後も、来た。

珈琲をだいじに飲みながら、『白河夜船』文庫本を流すようにして、読んだ。初めてこの本を読んだ時、私はたぶん、12歳だった。数年後、14歳の時、朝も昼も夜もあらゆる時に眠ってしまうようになり、16歳の夏に「覚醒」した時、初めて『白河夜船』が解った気がした。そんなことを一気に思い出し、買った2冊のどの話にも、濃厚な死の匂いがするから、私は今日、(持っているのにもかかわらず)買ったのかもしれない、と気付いた。カップを空にしてしまうと、幼い、懐かしい自分はスーッと消え、やたらと図々しくなった自分が残った。私は変わった。私は変わらない。でも、この店で、私は20年間、「一定」だ。そのことが、とても嬉しかった。

毒っ気と、死の気配、孤独。

ドリス・デイを聴きながら、傘もささずに、春の夕暮れに足を取られないように注意しながら、下北沢の街を歩いて帰った。


It's Magic

You sigh, the song begins,
You speak and I hear violins
It's magic
The stars desert the skies
And rush to nestle in your eyes
It's magic

Without a golden wand
Or mystic charms,
Fantastic things begin
When I am in your arms

When we walk hand in hand
The world becomes a wonderland
It's magic
How else can I explain
Those rainbows when there is no rain
It's magic

Why do I tell myself
These things that happen are really true
When in my heart I know
The magic is my love for you
It's magic
It's magic
Why do I tell myself
These things that happen are really true
When in my heart I know
The magic is my love for you


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