2017年4月23日日曜日

胆を冷やす

子どもがいなくなる。
そんなことが、まさか、自分の身に起きようとは。

それは、一瞬の出来事だった。

生まれて初めての映画を楽しんで、ラーメンを食べた後、家族3人で大きなドラッグストアへ寄った。6、7段ほどの階段の上にある駐車スペースに車を止め、トイレットペーパーとサランラップだけ買って帰るはずだった。買うものをかごに入れて、会計に並ぼうとした時、息子がさっと走って消えた。いつものように、どこかから「ばあー」と出てくるはずだった。ところが、一向に出てこない、見つからない。ドラッグストアの規則正しい、同じ高さの棚の列。いくつもいくつも並んでいて、ひどくもどかしい。その間に息子はいなかった。名前を呼んでも反応はない。私も夫も、時間が経つにつれ、焦り始めた。まさか、こんな、いいお天気の、楽しい休日に。私たち2人では探し出せず、品出ししていた30代と思しき店員さんに「子どもがいなくなったんです」と告げた。きっと、私は切羽詰っていただろう。彼は、横にいた若い店員さんに素早く探すよう指示を出した。その素早さに、きっと以前も同じことがあったのだろうと思わせた。私はたまらず、自動ドアから外へ出た。いなかった。そこには、ただ、安穏とした快晴の日曜日が拡がっているだけであった。店内へ戻ると、さっきの若い店員さんがやって来て「どんな服装ですか?」「ベレー帽に、りんごの描いてある白いTシャツを着ています」「さっき、男性の後ろを追っかけて、外へ出て行ったのを見ました。てっきり、その方のお子さんかと思っていました」その店員さんと再び外へ出ると、駐車スペースの階段のところから、大泣きの息子が現れた。駆け寄って、抱き上げる。「いぬにたべられそうになったのーこわいー」と言って、大泣き。犬……?? 階段の下に、黒いフレンチブルドッグ。店員さんにお騒がせしたお詫びをして、息子から話を聞く。どうやら、お父さんかと思って別人を追って外へ出て、車のところまで行き、お店へ戻ろうとしたら、階段の下に犬がいて、撫でてみようとしたら吠えられたか、口を開けられたかして「たべられる」と思ったらしい。車にはねられなくて良かった、犬に噛まれなくて良かった、誰かに連れ去られなくて良かった。「いぬ、ふわふわしてた」と、息子は犬の方へ視線を投げた。「て、かまれた」と、ぷくぷくの両手の甲を見せた。噛み跡はなかった。もし噛まれていたら、この程度の泣きでは済まなかっただろう。黒い、臆病そうで、気の良さそうな犬だった。階段の上から、「ありがとう、君のおかげでこの子は泣いて、私はこの子を見つけられた。ありがとうね」と、夫も「ありがとうー」と声をかけた。息子は既に泣き止み、「ばいばい」と小さく言った。ブルは私たちの方を一瞥しただけで、ドラッグストアの方を向きながら、力なく啼いた。飼い主の方をずっと待っているらしかった。飾りの付いた、赤い革の首輪。君がいなくなったら、飼い主さんは、きっと、さっきの私たちみたいに胆を冷やすだろうよ。おねがい、勝手に、いなくならないで。

横並びに手をつないで、芝生のある公園まで歩いて行った。とてもいいお天気で、見渡す限り、この世は平和のようであった。ハナミズキやパンジーが咲き、木々からは初々しい黄緑が芽吹いていた。歩き始めた(おじさんみたいな)赤ん坊、空を切るように飛び交う2羽のツバメ、サッカーの練習をする大人と子ども、水場に横たわる年齢一桁の人々、持ち寄ったあれこれに「かわいーおいしそー」と写真を撮る女子3人組、ブランド品で武装した父たる人、花壇の淵に座って文庫本(キノコの絵が描いてあった)を読みふける母たる人、低木の陰に座ってベタベタするカップル、もわもわと湧き出る噴水、水を弾くぴちぴちの少女の腿、通過する電車の音、キックスケーターで暴走する小学生ギャング。その中にあって、私も夫も全身の力が抜け、10才くらい年をとった気分だった。息子は、お父さんとお揃いのアップルTシャツ(ビートルズの方)を着て、ごきげん。楽しい日曜日に、何事もなくて、本当に良かった。息子の姿が見えなくなった数分間 ー「胆を冷やす」、本当にそんな感じで、内臓が下の方からひやひやっと冷たくなって、心臓を強く掴まれたようだった。おそろしかった。

ニュースなどで、子どもが親の目を離した一瞬の隙に、
車にはねられた
動物に噛まれた
どこかへ行ってしまった
誰かにさらわれた
等々という話を聞くたびに、そんなことがあるのか、どうして目を離したのか、と他人事のように思っていたけれど、こうして、「事件」は起こるのだ。一瞬のうちに。そして、その、一瞬は、どんなに泣いてももがいても、取り戻せない。私たちは単に運がいいだけだった、今日のところは。

夕方、ミーティングで出かけて行った夫と一緒に行きたかったと息子は泣いた。泣いてぐずり、バスで駅まで出て、2駅電車に乗り、またバスに乗って、ふざけながら歩いて家まで帰った。いつもなら「おいおいおいおい」と思うことでも、今日の私は何とも思わなかった。むしろ、ふざけて笑う息子を見れることが、ありがたかった。夜、眠る時間がきて部屋を暗くすると「えいがかんとおなじだねえ」と、息子はつぶやいて、あっという間に眠った。

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