2017年3月11日土曜日

love junkyard

ちょうど一週間前、おそろしいことが起こった。

18時半過ぎ、土曜保育を終えた息子と帰宅。息子が自力でアパートの外階段を上ると言う。怖い気もしたが、彼の後方について、ゆっくり上っていった。4、5段上っただろうか、もっと上ったかな。気がついた時、私は仰向け逆さまになった息子の左足首を掴んでいた。息子は15kgほどあるが、全く重さを感じなかった。私はできるだけ「無意識」という言葉を使いたくないのだが、これはもう「無意識に」としか言いようがない。何がどうなって息子が仰向けに落下したのか、どうやって私が彼の左足首を掴んだのか、全く分からない。分からないからか、全く動揺しなかった。階段の角に乗っかった、大泣きする頭を抱え上げて、部屋に入った。私と息子は、毎日帽子をかぶっている。この日は、厚手のニット帽をかぶっていた。そのことが功を奏したのか、彼の頭にはタンコブもアザも切り傷もなかった(それはそれで怖いのであるが)。頭が痛いと大泣きする息子は「アンパンマンのばんそうこう、はって!」と後頭部を指差す。私は息子の言うままに、ふさふさの頭の上に、それを貼った。息子からは貼った柄が見えないので、さらに大泣き。仕方なく、おでこにも貼ってやった。「頭、痛い?」と聞くと、「いたかった…」と、おでこをさすった。いや、そこ、打ってないでしょ。息子は、あっという間に機嫌を直し、山盛りご飯を2杯食べ(おかずと味噌汁も)、苺や干し芋を食い、それでも飽き足らず、袋ごと抱えて煮干しを食べていた。私は育育児典の「病気編」p418「頭をぶつけたとき」のページを開き、テーブルの下に伏せておいた。息子は、そんな母の心知らず、「かたづけて、くださーい!」と本を閉じ、私に差し出した。前の部屋に住む母子が、階段の下に落ちていたという私宛の手紙2通を届けてくださった。

翌日は、予てから約束していた通り、上野動物園へ行って、パンダを見た。生まれて初めて見る、本物のパンダである。もりもり笹を食べるパンダ(リーリー)を見て、息子曰く「パンダは、歯をおそうじするために、ささをたべてる」。本当なのか。第一声は「パンダ、かわいー」とかじゃないのか。歯を掃除するために笹食べる説、初めて聞いたが、本当っぽい。笹、竹って、繊維多そうだし……夫の顔を見ると、夫もビックリしていたので、彼も知らなかったようだ。「どこで知ったの?」と尋ねると、「まえからしってる」。頭を打ったせいなのかと、やたらと不安になった。

階段落ちから今日で一週間。ようやく、私は安心した。(息子は、連日、親や保育園の先生や、お母さん方から「大丈夫?」「頭、痛くない?」などと散々聞かれ、相当うっとうしかったようである。しまいには、質問者の顔の前に右手のひらをかざし「だいじょうぶ、ですから!」と強い口調で言っていた。また「かいだんをのぼるときはーおかあさんとてをつなぐんだよ。ころりんちょして、あぶないから」と、訳知り顔でお友達に語っていた。)
しかし、育児とは、終わりなきドラマの連続である。息子は結膜炎にかかり、昨日今日と保育園を休んでいる。保育園で昨年末から流行している流行性角結膜炎(はやり目)かと思い、A眼科を受診したところ「検査しても陰性の時があるので、数日様子を見たほうがいい」と言われたのだが、同じクラスのお母さんから「うちもA眼科で同じこと言われたけど、私がはやり目になっちゃってB眼科に行ったら、子どもも連れて来いって言われて、キットみたいなので即検査して、はやり目でしたよ」と教えてもらい、今日はB眼科へ行ったのである。はやり目なら登園禁止。さらに家族に感染必至である。あるお父さんは「もう地獄ですよ。目は痛いし、嫌な涙が出っぱなしで……視力まで落ちた気がします……と、遠い目だった。その話を聞いていたら、心なしか、私まで目がしみたように痛い気がしてきた(気のせいです)。
なるほど、昨日のA 眼科はガラガラに空いていたが、B眼科は診察開始時刻から10分後に到着しても60分待ちの混みよう。即検査。即結果出て、結局、はやり目ではなかった。登園していいらしい。セカンドオピニオン大事、お母さんネットワーク大事。違う目薬を処方されて、電車やバスに乗って、遊び遊び帰って来た。

昨日の夕方、息子のシーツや毛布、園庭用の靴などを取りに(週末に洗濯するため)園に寄ったら、先生方は総出で、年長組のお別れ会の準備をなさっていた。おゆうぎ会で使った年長組の衣装が壁に貼られ、花や折り紙で保育室は華やかに飾り付けられていた。私は、息子が今日お休みで良かった、と思った。数日前から、いつものゴタゴタとした(子ども達の描いた絵や工作が貼られている)壁は、すっきりと片付けられ、代わりに、色画用紙の木の上に薄紙で作られたピンクの花が咲くようになった。この頃から、息子の様子が少し変わってきた。帰り道、「こころぼそくなった」と言ったり、やたらと「おとうさん」に会いたくなってしまうのである。大好きな近所のおじさんに会っても「……おとうさんに……あいたいんです」「何?!お父さん、どっか行っちまったのか?よし、待ってろ!」と、「田舎塩おかき」と書かれたせんべい一袋を2歳児(息子)に差し出すおじさん。いや、もうすぐ帰ってきますから……。
先生に聞くところによると、息子は近頃、園でも、ちょっとしたことで泣いてしまうらしかった。思えば去年の今頃も、そうだった。間違いなく息子は、別れの気配を感じ取っているのである。咳も熱もないが、うんちもゆるめだし、とにかくよく眠るし、どことなく体調が悪そう。あらゆる感覚をフル活動させて、疲れているのかもしれない。今日は、園でお別れ会が行われただろう。母体の保育園での土曜保育組は、きっと息子だけだろうから、今日は休んでよかったんじゃない。うーん、センシティヴ。

アパートから表の通りに出る前に出くわす路地の角に、我慢できなくなってどわわっと咲いたようなミモザが、陽光に透けていた。イヤホンからは、日に灼けた黄色い歌声、宙に舞う花粉のごときピチカート。Rickie Lee Jones。ー今年も、ささくれ状の春が来た。

There's no doberman dogs or security guards at the love junkyard
Open twenty four hours, come as you are, yeah, to the love junkyard

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