2017年2月19日日曜日

Lament

休憩が終わって非常階段を降りていたら、左目の前に、太め毛糸状の黒いぐにゃぐにゃがどわどわっと現れて、蠢いた。日頃から飛蚊症はあるものの、これは多い。しかも左だけ。嫌な予感がした。しかし、時間が経つにつれ、どわどわぐにゃぐにゃは落ち着いてきた。早退せずに働きはしたが、左目周辺が重たい。夫の強い勧めもあって、翌日、眼科へ行くことにした。

4日前に定期的な眼科検診を受けたばかりの私の顔を見ると、12年近く私を診てくださっている先生は「ショーシタイがハクリしたね。穴が空いていないかチェックしましょう!」と素早く言って、瞳孔を開く目薬を私の両目に差した。瞳孔が少しずつ開いて、アイボリーの壁が蛍光の白に見えてくるにつれ、ショーシタイ、が、硝子体、なのだとようやく気付いた。瞳孔が完全に開く約1時間、検査室で待つ。視力検査をしている初老の男性。「赤のと緑のと、どちらがはっきり見えますか?」「そりゃあねえ、君、赤だからね、はっきり見えるのは赤だろう。強調する時は赤だろう」と答えている。そういう問題じゃない……と私は思った。検査をしていた方もそう思っただろうが、彼は話を変え、「左右のピントが合っていないので、眼鏡をかけると今より疲れが軽減されますよ」と優しく言った。「うん、必要ないね」「先生が、症状からね、眼鏡の処方を……」「うん、だから、必要ない」「……」 結局、男性は眼鏡を作らず、帰って行った。

あれこれ検査した結果、4日前のCT画像にあった白い線(=硝子体)が、その日のCTに写っておらず、どうやら私の左目の硝子体は剥離したらしかった。もちろん、実感はない。先生は気を遣って、「いつかは誰でも剥がれるの。エイジングの一種で」と、老化現象という言葉は使わずに説明してくださった。へバーデン結節に続いて、またも「老いるショック!」。40代とは、こういうものなのか。実は大してショックではないのだが、人に話してみたくなる。おじいさんおばあさんが寄り集まって、自分の病気の話をしているのは、こういうわけなのか。自分の体の不調やら老いるショックの類の話で暖をとるというか。あー分かっちゃった。

硝子体が剥離する時に網膜に癒着していると、網膜に穴が開くことがあるらしいが、私の場合、その所見は見つからなかった。ゼリー状であるらしい硝子体が剥離して、今は液状化しているらしい(そういうことだと理解しているのだが)。それにしても、一気に剥離する瞬間、あんな風にドラマチックに、ぐにゃぐにゃにょろにょろが飛び出すんだなぁ。「ゴキブリが飛んできた、と表現する方もいらっしゃるわよ」と先生。目の症状、見え方は主観であるからして、表現もいろいろ。29才の時受けた白内障の手術で、眼球に圧がかかっている間、深緑のモヘアの塊がくるくる回転していたことや、(たぶん)水晶体が破壊され消失した後、レモン色の光の中で透明ガラスの上を流れる水、は忘れがたい。手術中、いちいち口にすると「(白内障は)お年寄りが多いから、どう見えるとか、なかなか聞けない感想ね」と、先生は言った。今思えば、私、結構、ショックだったんだな。

2時間ほどで眼科を出た。とてもいい天気だった。サングラス越しでも、目を刺すような陽の光。日向を避け、よろよろと歩き出した。薄暗い店で食事をして、家へ帰った。カーテンを開け放したサッシ窓の外に、強風に煽られる洗濯物。グレーの太いストライプのバスタオルが、蛍光色の日差しの中、凶暴な生き物みたいに動いていた。リュックのポケットからiPodを急ぎ取り出し、中島ノブユキさんの曲「Lament」を探して、大音量で聴いた。目がいつもより見えていない中で聴くと、それぞれの楽器の位置感のようなもの?その間で震える空気の厚さや温度みたいなもの?を感じて、胸が震えた。うまく言えないけど。左目の中のぐにゃぐにゃの黒は、やや色を薄めて、ゆらゆらしていた。ゼリーから液状化した硝子体は、まだ自らの状態に慣れず、心許ないだろう。私が白内障になったと二番目に告げた人は、その数日前に「お前の目は節穴か!」と私を叱った。その人は、私の目が本当に「節穴」だったので、そう言ったことをひどく気に病んだ。それは、単に私の見落としだったのに。電車に乗った時、私に自分のステッキを握らせ(邪魔だったというのもあったんだろうけど)、優先席に座っていた若者に「こいつに席を譲れ!」と迫った。どわーっと、そんなことを思い出し、暴れるバスタオルを目に入れながら、私は立ったまま、少しだけ泣いた。海馬め。

今日もすこぶるいい天気。車でお出かけする夫と息子をベランダから見送ったら、隣家の梅の木に、あ、うぐいす。なんとも言えない色合い、萌黄色とも違うような。けなげさがギュッと詰まった緑色の締まった躰を、白い梅に擦り寄せるようにして、木の上を飛び回っていた。中原中也の妻が目を悪くしたことがあって、中也が杖をつく妻の手を引いて歩いていたこともあったという話を、ふと思い出した。そんなことを思い出していたら、夫と息子を乗せた軽自動車が、左手の方向へスイーっと出て行った。同時にうぐいすも、同方向へ飛び去って行った。ーうぐいす、君はまだ鳴かないんだね。春は、近いようで、まだ遠し。

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