2016年12月28日水曜日

クリスマスの後で

クリスマスが終わって、私は悩んでいる。サンタクロースのことで。

私は18才のクリスマスまで、サンタクロースを信じていた。2つ年下の妹に「今年で最後かなぁ、やっぱり」と笑って言うと、「本気で言ってんの?」と呆れられた。そして、ヨックモックか何かの、四角いお菓子の缶を見せられた。そこには、それまで私がサンタさんに書いた手紙が、がさがさと入っていた。

いや、私だって、疑ったことはある。しかし、その都度、それを乗り越えてきた。サンタさんからのカードが、母親の筆跡にそっくりだと気付いた時、母は「いやー、腕がだるい」と、あたかも催眠術によって寝たまま書かされたような口ぶりで弁解したものだった(同じクラスのヤエちゃんに届いたサンタさんからの手紙も、ヤエちゃんのお母さんの筆跡だった)。サンタさんから届いたはずのピエロのオルゴール(エメラルドグリーンのお洋服を着て、音楽に合わせて首が回るファンシーなもの)に、デパート「中合」の値札が付いていた時、さすがにこれは、と親を詰問した。「サンタさんは世界中の子どもたちにプレゼントを配るんだよ。一つ足りなくなってもおかしくない。ゆかちゃん(私)なら優しいから、きっと許してくれると思ったんじゃない」まぶたの裏に、中合のおもちゃ売場のレジに並ぶ、地味なジャンパーを着て変装したサンタさんの姿が浮かんだ。私は、ぐっと塊状のものを飲み込むようにして、納得した。サンタさんを信じていたというよりも、この頃(小学校高学年)になると、「信じないと、来なくなる」ことが恐ろしかった。私は最近まで、これらのことをネタにしてきた。乗り越えたこと、過去のことだと思っていた。子どもの頃の、幼い、エピソードであると思っていた。

クリスマスが過ぎて3日。初めに妹から「(息子)のところにサンタさん来た?」とメールが来た。私は「きてない、って言っている」と返した。枕元に、じいじから届いたプレゼントを置いておき、目が覚めてプレゼントの包みを見つけた息子に「じいじがサンタさんに頼んでくれたみたいだよ」と伝えた。息子に届けられた、幾つかのクリスマスプレゼント。とてもありがたいけれど、2才児には多すぎるんじゃないかなぁ、と思っていた。私からクリスマスの絵本を1冊(『ねずみくんのクリスマス』、クリスマスまで楽しく読んだ)、「サンタさん」からは用意しなかった。母親に徹せない、大人になりきれない私の入り組んだ迷いもあって、「サンタさん」をうまく演出できなかった。そのせいかどうなのか、息子は大人から「サンタさん、来た?」と問われると、少し考えた後「きてない」と言うのであった。すると翌日、母から「なんで(息子)のところにはサンタさん来ないの?」とメールが来た。正直、ものすごく、胸が痛んだ。そういう自分に驚きもした。私は「サンタクロースは、いなかった」ということを全く克服できていなかったのである。当時のショック(複雑な、多層型の)が胸に蘇った。私の心は掻き乱されて、いろいろな思いが頭を巡った。「いやいや、お姉ちゃんはお母さんなんだから。そういうの、ダメだよ。何だっていいんだよ。飴玉1個だって何だって。サンタさんが来たんだってことが大事なの」と妹は鋭く強く私に言った。私は私なりの弁解をしようとしたけれど、やめて、言い返さなかった。

翌日、近所の本屋に行った。レヴィ=ストロースの『火あぶりにされたサンタクロース』を探した。クリスマスについて、サンタクロースについて、考え直したいという思いからだった。検索機によると、在庫はあるようだったが、印刷された棚番号の場所を隅から隅までなめるように見ても、ない。その代わり、下方の段にロラン・バルトの『喪の日記』を見つけ、そちらを買うことにした。もわっと暑い電車内で腰を下ろして読み始めると、まるでぴったりとサイズが合った服を着たかのように、今の自分にしっくりきて、少し気持ちがしんと落ち着いた。ロラン・バルトが最愛の母を亡くしてからの2年間、カードに記していった断片的な文。なんとなく、12月24日もしくは25日の日記を探した。記載はなかった。

あれこれ考えているうちに私は、目の前で繰り広げられている「クリスマス」に違和感を感じているのだと気づいた。子どもたちにとって、単に「プレゼントがもらえる日」となってはいないか。実際は、それだけの日ではないはずで、そこを踏まえずに(2才で理解できるのかも疑問だった)、眠っているうちにサンタクロースが来たとか来ないとか、それってどうなんだろうかと思ってしまう。「夢を与える」。サンタクロースが存在するということが、現代を生きる子どもにとって、果たして、「夢」となり得るのか考えてみた。「サンタさんが来た」と喜ぶ子どもを大人は見たいだけなのではないかとも思う。私はもう、子どもの頃の本当の自分の気持ちが思い出せない。思い出せないがしかし、「サンタさんはいる、と信じている自分」が好きだっただけかもしれなかったりして、とハッとする。きっと、それも強くあっただろう。ま、今となっては、すべて、言い訳です。

それにしても。18年もの間「サンタさんはいる」と私に信じさせた私の家族(主に母)はすごい。当時同居していた父方の祖父母はリアリストであったけれども、その件についてだけは余計なことを何も言わず「夜中にトイレに起きた時、赤い服を着た人影らしきものを見た」とか「冷蔵庫に入れていたはずのアレがなくなっている」などと言って、サンタさんが来ていたことを匂わせた。そして、母はいまだに、それについての話(我が家にサンタさんが来たとか、その裏話とか、実はあの時こうだったとか)は、一切しないのである。その徹底ぶり。18回のクリスマス。「サンタさんが来た」は、誰かから自分が愛されている、という証なのかも知れず。『喪の日記』を読みながら、ぶわーっと、そういう気がしてきた。

今日、保育園から帰る途中、「明日は早いから、今日は早く寝るよ」と言うと「サンタさんくるの?」と言う。なぜ、今頃。自分の胸の内を読まれているようで、はかはかした。高級車のショールームの前を通ると、中を覗き込み、「あーもうクリスマス(ツリー)ない。サンタさん(置物)もないなぁ」そして、「サンタさんにあいたいなぁ」。妙にドキドキしながら「サンタさんに会って、どうしたいの?」「ぼくは、なんか、あげたいの」「へー、何あげるの?」「トーマスのねえ、ゴードンをあげます。いっしょにあそぶの」「じゃあ、お母さんは、おにぎり2個と唐揚げ、あげようかなー」「ぼくはードーナツあげるね!」。そこから、サンタさんにあげたいものが、いろいろ出てきた。蒸しケーキ、焼いたナス(謎。アツアツだから、私が冷ますのを手伝わなくちゃいけないそうである)、お父さんが淹れたコーヒー。「サンタさんは、いつ来るの?夜?」「うーんと、あさだよ。あついひのあさ」「あつい、って暖かいのこと?」「あたたかい、あついひ」「へー、何で来るかね?」「タクシーだよ」。「サンタさんはみんなに欲しい欲しい言われて、あげてばっかりだから、(息子)が何かをあげたら、きっととっても嬉しいだろうね」としみじみ言うと、「だい、さん、せーい!っていうね!」と拳を上げた。この子は、クリスマスがどういう日なのかを知っている。薄ぼんやりとであるだろうけれども、結構な本質をつかんでいる、と感動した。至らぬ母のモヤモヤは、雲が晴れるみたいにサーっとひらけて、手脚が軽くなったみたいになった。来年は、役目に徹します。

息子よ、ありがとう。

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