2016年9月22日木曜日

それぞれのペース

朝、息子を保育園へ送り届ける。「オハヨー」息子の名前を呼びながら、お友だちが近寄ってくる。すると、数ヶ月前から、息子が「こないでー!!」と言って泣くようになった。以前は別れ際に泣くことはあっても、それは「お母さんと離れたくない」という意味合いのものだった。「こないでー!」は、なかったのである。たいてい、そういう時、息子は私に抱っこされているので、甘えているところをお友だちに見られたくないのかなーと思っていた(本人も「はずかしいのねー。みられたくないのね」と言っていたことがあったし)。いや、しかし、それにしては、ものすごい拒絶姿勢である。お迎えの時は、そういうことはあまりない。ただ、私が他の子と仲良くしていると「やめてー!○○のママだよ(こういう時は「ママ」と言う息子)!」と、その子を手で押しのけるようにしながら、言うことはある。私の持ち物を触られるのも嫌う。私の人生で、これほどまでに誰かに「俺のものだぜ」とされたことはなかったことよ。おお独占欲。

数週間前、夫がポツリと「俺も、すぐに仕事モードになれないんだよなぁ」と言った。職場は駅から徒歩30秒であるにもかかわらず、わざわざ一駅前で降りて、20分ほどの道のりを歩いて通勤している夫である。「歩いているうちに、気持ちを作るの」だそうです。あーなるほど、と合点がいった。確かに、40分ほどかけて歩いて登園した日は「下界からの侵入者拒絶モード」が、少ないような気がする。ちなみに、夫も息子も寝起きが悪い。自分の内環境と外環境を馴染ませるのに時間を要するタイプというわけか。アタマでは分かるけれど、私は、寝起きも悪くないし、仕事モードというのも取り立ててない。私はテンションが地続き、という感じなので、想像の域を超えないのであるが、どうも、そういうことらしい。そういうこともあるんですね。
それが判明してから、園の連絡帳にもその旨記入し、駆け寄ってくれてきたお友だちに「おはよう。○○ちゃん、今、コンディション整えてるから、もうちょっと待ってねー」と謝りつつ(すごく嬉しいんだけどなぁ)、できるだけ抱っこして、息子に対し勘を研ぎ澄ませる。今か?!と感じた時に、先生に息子をお願いするようにして、以前よりはまぁ平和的に送り届けることができるようになった。ああセンシティブ。

昨日は歩いて登園した。「このヒロはそらをとぶんです」と言って、プラレールのヒロ(トーマスに出てくるキャラクター)を持って家を出た。「それ、お友だちが欲しい欲しいってなっちゃうんじゃない?」と言うと、「ほいくえんのまえでしまうー」と言う。その宣言通り、園の前まで来ると「おかーさん!!とまって!しまうー、ヒロ、しまって!!りゅっくにしまって!」と真剣な顔で言われた。用心してるなぁ。その通りにして登園したが、やはり??お友だちが駆け寄ってくると「みないでー!こないで!」と言った。先生方は心得たもので「○○ちゃんはそっとみんなに溶け込みたいんだよね。待っててー」と、お友だちに声を掛けてくださった。かたじけない……

登園時はあれほどまでに用心していたのに、お迎え時、息子はあっけなくお友だちの前でヒロを取り出した。「しまった方がいいんじゃない?」と小声で息子に話しかけた時には、すでに遅し。やさしい声で「みーせーてー」とXくんがやってきた。泣きながら「こないでー!!!」、Xくんを手で押しのける息子。しかしXくんも負けてはいない。語り口調は「みーせーてー」と穏やかだが、腕っ節強めに息子をぐいぐい押す。彼らの母たる2人は「ドン、ダメよー!」「ほら、こうなるのに保育園の中で出したのが悪いよ!」と、それぞれを叱った。それでもXくんは諦めず、私たちの背後からぐるっと回って、私のバッグの中からヒロを取り出そうとしていた。息子、それを見つけて大泣き。なぜかヒロではなく、ペットボトルの水を取り合い、もみ合う2人。また、それぞれに言い諭す母2人。あまりの展開に、ちょっとびっくり顔の担任の先生がやってきた。先生に事情を説明。泣き止んだ息子は放心したかのように、視線を宙に泳がせていた。

背を向けて座り込むXくんと、Xくんのお母さんに「バイバイ」と言われても「いやだ」と挨拶を拒む息子。その場をそっと離れ、園の外へ出てから、息子に「○○の持っているヒロはとってもすてきだから、そりゃあ、Xくんだって見たくなるよ。Xくんは「見せて」って優しく言っていたよ。それを「来ないでー!」って言われたら、悲しい気持ちになるよね。○○はさぁ、どう思うよ?」すると息子は、いっぱい空気を吸い込んでから「じぇーんじぇん、みせなかったの、ヒロ、Xくんに、じぇーんじぇん」と目を大きく開け、保育園の方を見ながら興奮したように言った。「見せてもいいなとは思うの?」「みせても、いいよおー」「……そうは言っても、絶対こういう風に見せろ見せないってなるから、やっぱり、もう、自分のおもちゃはいくら隠しておいても、保育園には持ってこない方がいいと思う。どう?」「どう、おもう!」「そうする?」「そうするー」「Xくんに、謝る?」「あやまるー」「謝りたいの?」「うんー」「本当は謝りたくないんだったら、謝らなくてもいい。その代わり、今日みたいなことは二度としないでよ。謝りたいなーって思うんだったら、保育園に戻るよ」「あやまりたい、おもうの!いく!」。抱っこから下ろすと、「Xくーん、ごめんねー」と消えそうな声で言いながら、園へ戻っていった。玄関のガラス製のドアの向こうにはXくん親子ともう2親子、先生が1人。さっきまで激しくもみ合っていたもう片方が戻ってきたからか、誰もドアを開けない。息子が手を振ると、Xくんもにっこりして手を振ってくれた。「あけてくださいー」と息子(と私)。先生が開けてくれると、Xくんに駆け寄り、「ごめんねー、ごめんねー」とふわふわした甘い声で言った。「おてて、つなごう」と息子が言うと、「あくしゅ」とXくんが応える。「謝りたいって言うので戻ってきました。いやー、なんか、ジーンとしますね」とXくんのお母さんと話をした。Xくんと息子は、目の前でにゃーにゃーもめることが時々あって、Xくんのお母さんと私は、その都度、話をしてきた。以前は遠慮していたが、今は信頼して、時には息子と一緒にXくんも叱ったりもする。ジーンとする母をよそに、2人は喜びが溢れたかのように、園の門をバンバン両手で叩いて笑っていた。なかよしなんだね。

夜、夫が帰ってくると、息子は「あのねー、Xくんにねえ、ヒロみせないっていったのねー」と報告していた。眠る前も「Xくんにヒロみせないっていってねえ」「ちゃんとごめんね言ったんだよね」「おかーさん!○○は、おとーさんにはなしてるんだよ!」(口を挟んで注意されてしまった。)よほど、印象に残った出来事らしい(私だってそうだ、そりゃそうだ)。そして、うんと体力を使ったらしい。あっという間に眠ってしまった。

息子は2才2ヶ月。「魔の2才児」と言うそうだけれど、確かにそういう時もある。あれちょうだいな、これちょうだいな、あれ見たい、これ見たい、外へ行きたい、お風呂いや、オムツ替えるのいやいやー。わざと、悪いこと(物を投げてみるとか)をしてみることもある。こだわりが強くなって、好き嫌いがはっきりしてきて、正直、めんどくさい時もある。思えばちょうど2年前、まだ赤ちゃん赤ちゃんした息子を抱いて、保育園の見学に行った時、0才児クラスの子どもたちがあまりに「おりこう」にしている様子を見て、「ああなるのか、うちの子も。あんなにバランスとれた感じになっちゃうのか。それもつまんないなぁ」などと思っていた私である。大丈夫でした。今日はお休みで、朝から息子は思いつく限りのわがまま放題。「この我の強さ……これは俺じゃない。これはお母さん譲りだなぁ」と夫。あの時は、息子に「手がかからない非の打ち所がない、いい子」にはならないで欲しいと思っていたのに、手がかかると、ムシャッとする私、どっちがわがままなのか。

話は少し逸れますが、先日、近所のフードコートで息子とうどんを食べていたら、隣のテーブルに30代と思しき夫婦と1才くらいの男の子がいた。食事は既に済んでいて、男の子はテーブルにちょこんと右足を乗せた。するとお母さんが、自分の手のひらを男の子の顔の前に近づけ、力強く「ノー!」。男の子はもちろん足を下ろさない。「ノー!xx(男の子の名前)、ノー!!」ピシッと男の子の顔前にさらしていた手のひらで足をテーブルから払うと、そこへ食器を下げに行っていたお父さん登場。「代わるよー」と男の子の隣に座り、同じポーズで「ノー!」。そして(どうしてそういう展開になったのか、見えなかったのだが)、男の子の手を取り、自分の手のひらにタッチさせ「ナイス!xx(男の子の名前)、ナイス」とやっていた。このご夫婦はフツーに日本語で会話していたし、英語を日常的に使っているとは思えない。いろいろな育て方があるだろうけど、ペットのしつけみたいで嫌だなぁと見ていた。その翌日、夫が息子とベーカリーでパンを食べていたら、お母さんが子供に「走ったらノー!」と、やはり似た感じでやっていたそうである。そして、またその翌日、私も自分が働くお店で、同じ光景を見た。流行っているのか??「ノー!」。
しかし、「ノー!」とやられた子供たちが、全く言うことを聞いていないというのも、なんというか子ども(人間)って、そんなにカンタンなもんじゃないんだぜ、という感じがして、非常に心強い。言い方は違うにしろ、私も息子を自分の意に沿わせようと「ノー!」とやらないように、と自戒の意味を込めて、これを書いています。よく、芸能人が子供の不祥事などで「ご自分の子育てについて、どう思っていらっしゃいますか?」と聞かれているけれど(本当に愚問だと思う)、「はい、バッチリ悪い子育てを実践してみました」と答える人はまずいないだろう。子育て、いろいろ。持って生まれた性質もあるし、育ってみないとどうなるか分からないから、子育ての「揺るぎなき正解」があるとは思えない。もしかしたら、例の「ノー!」が性に合っている子もいるかもしれない(私は嫌だけど)。

かつては、子どもを育てることになるとは思ってもみなかった私である。結婚して、夫と暮らすことになるとも思っていなかったくらいである。3人の心臓の音がバッチリ合っていないのと同じで、それぞれの内側にそれぞれのペース、テンションを有しながら、一緒に暮らすということ。こういうことは、ひとりで暮らしている時には想像すらできなかった感覚である。我が子といえども息子は私とは別のペース、みんなそれぞれのペース。何かの拍子で波長がバッチリ合う瞬間が、だから、嬉しい。
でもまぁ、ホントにいろいろあるけど、オモシロイ感じになってきた我が息子である。みんな、自分の子をそう思っているだろうけれども。

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