2016年6月28日火曜日

my prince

昨日のお迎え時、目にうっすら涙をためて、息子が走ってきた。先生は「さっきまでごきげんで遊んでいたんですけど…疲れたのかな?」。やたらと保育室の外へ出たがる息子に急かされながら、身支度をする。玄関へ向かう扉を開けた息子の隣に、同じクラスのKちゃんが並んだ。息子は、右手で彼女を制するようにして「Kちゃん、じゃま」と言い放った。私は息子の両手を握り「じゃまってなんで言った!だめ!そういうことを言うなんて、許さないからね!」と強く叱った。息子は大泣き。Kちゃんはひらりと玄関へ走り去った。泣く息子を強く抱きしめながら、「どうした!なんで言った!」と言ったが、しつこく怒るのはニガテだし、息子は普段そういうことを言うひとではないので、とにかく早く帰ろうと思った。下駄箱まで来て靴を履いていると、Kちゃんがいたので、にこやかにさよならを言っていたら、泣き止んでいた息子が再び泣き出した。うーん、やっぱり何かあるね。
抱っこして園を出て「…なんで言ったの?」と静かに聞いてみる。「…いたかったー」「Kちゃんにいたいことされちゃったの?」「いたかったのー」なるほど、そういうことか。前日に見た機関車トーマスのヒロのことを思い出した。「痛かったのは悲しかったねえ。でもさあ、昨日、ヒロ、いたずら貨車とかディーゼルに嫌なことされても、意地悪で返したりしなかったよ」「ディーゼル、いじわるゆったねー」「ヒロは、どんな時でも礼儀正しく優しくって言ってたね」「…とっぷはむはっときょう、ズボン、ミルクでぬれちゃったねー」「そんなことになっても、ヒロは意地悪なこと言わなかったよ」「うん」「Kちゃんは意地悪で痛いことしたわけじゃなかったんじゃない?」「…うん」「お母さんも電車でドン!ってされることあるけど、ぐっとこらえて、意地悪で返したりしないようにしているよ」「ドン!いたいねえー」「でも、意地悪では返さない。お母さんはヒロみたいになりたいから」「〇〇もなるー」「お母さんは〇〇にヒロになってもらいたいんだ。難しいことだけど、きっとできる」「ヒロ、なる」。気持ちを持ち直し、家に帰ったのだが、いつもより食欲もなく、果物も要求せず、件のトーマスの録画を3回繰り返し、じっと黙って見ていた。落ち込んでいるようだった。

一昨日から夫は体調が悪いようだった。それが今朝には、39度まで発熱し「とにかく体中が痛くて…」とぐったりしていたのである。昨晩、小食だった息子は空腹すぎて、6時前から「ごはんごはん」と大荒れ。夫の昨日の夕食のはずだった人参ごはんと焼肉を出すと、モリモリ食べていた。食後、いつもとは違う夫の様子におとなしくしていた息子は、そろそろと眠る夫の近くに近寄ってゴロゴロし、「いってきます」と小さく言った。

大雨の中、レインコートに長靴で1時間かけて、登園。傘を持ってだと、抱っこはなかなか難しい。それを息子は知っていて、「だっこ、おかーさん、うでいたいいたい」と言って、2回しかせがまなかった。園の近くまで来ると、「びしょびしょー」と自分のズボンを触って息子が言う。「お母さんのズボンもー」「とっぷはむはっときょうのズボンもミルクでぬれちゃったの」「…ああー… そうだねえ」「…えーんしちゃったー。Kちゃん、どんしていたかったー。おかーさん、しかった…」「うん、そうだよ。どんな時でも「じゃま」はだめだよね。どんな時でも礼儀正しく優しく」「ヒロー」「ヒロはかっこいいねえ」「ねえー」。まさか、一夜明けても気にしているとは…

息子を送り届け、思い切って、来た道を戻る。ぐったりの夫をタクシーに乗せて(「ハイスコア」が出るまで、何度も何度も体温を測る夫… 何回測っても39.2度だよ…)、駅前の内科へ。顔はむくんでいるのに、目の下が落ち窪んで、しわしわしている。几帳面な、カクカクした文字で、問診票に「おとといから発熱。体が痛い。特に背中が痛い。」などと書き込んでいる。血液検査などを一通りして、家へ戻り、処方された薬を飲むと、夫は息子のぬいぐるみに囲まれながらまた眠った。私はお休みをもらって看病… なのだが、夫が眠っているので、我が家の小さなテレビでプリンスのライブ映像を見たりしています。(プリンス、ギターもうまいなぁ、踊りもうまいなぁ。楽しそうで、かつ全力であることに胸を打たれています。人間の、魅力炸裂。)夫よ、早く元気になるといい。

来月2才になる息子は、本当によくお話しするようになった。そのおかげで、保育園でどんなことがあったとか、どう思ったとか、知ることができたりもする。息子が、何か「いけないこと」をして叱っても、どうも機嫌が定まらない時は、まだ言葉にならない何かが腹にあるのだと感じる。つとめて静かな口調で聞いてみると、ポツポツとキーワードを口にする。それをつなぎ合わせて、「ああ、こうだったの?」と確認すると、落ち着きを取り戻すことがあって、「人間の/コミュニケーション」ってこういうものだよなぁと、ハッとしたりする。行動には、必ず、何かしらの理由、動機があるのだということも。とにもかくにも、勘と感をはりめぐらす、人間対人間(私対息子)の真剣勝負である。

1才児の見つめる世界は、大人の捉えている世界と大きくは変わらない。驚くほど、よく見ているし、解っている。お話ができるようになって、息子は彼なりの葛藤が増えているようである。周りには、言葉より先に手が出てしまう子もいる。いろいろである。大人はそれを分かっているのだが、息子としてみれば、何も言われずに手を出されたり、そういうことがあった後「言葉で」謝られないことに、悔しさや不満があるようである。それで、悪いと分かっているのに、たまに、お友達を軽く叩いてみたりすることがある。そういう時の息子の目はものすごい速さで動き、私や先生をじっと見ながら行為に及ぶのである。後ろめたさ全開である。思い切ってやってみた感全開である。「〇ちゃん(=息子)は、悪いって分かってるけど、そういうお友達がいて、見ているから、やってみたいところがあるんですよね」と先生。「やっちゃいけないって、ちゃんと知ってるんですよ」…先生、そこ、分かってくださって、ありがとうございます。いい子すぎるのも困るけど、1才のうちから気を回しすぎるのは、なかなか心配だったりもする。いや、とりあえず心配は置いておいて、のんびり気楽に。楽しく、全力で、真剣にいこう。私自身の真価(進化?)が、大いに問われる日々であります。

0 件のコメント:

コメントを投稿