2016年3月27日日曜日

おにばば

息子。木曜日からまる3日間、38.7℃〜40.5℃の間を行ったり来たり。小児科を受診したものの、はっきりと原因は分からず(今期3回目となる鼻の中グリグリ、インフルエンザ検査をされたが陰性)。熱が高いからか、ややぐったりとして、やたらと甘えたがり、食欲はあるけれど食べられず、すぐに眠ってしまう、昨日までそんな3日間を送っていたのである。

今朝、目が覚めると「げんき、なった」、本人がそう言う通り、平熱に戻り、再び発熱せずに1日を終えた。しかし、やはり調子は悪いようで、機嫌が定まらず、先日のインフルエンザの時のように、はっきりとした理由もなく(いや、あるんだろうけれども)、ものすごく泣いた。正直、私もしんどかった。お昼寝から起きた時は、「よく、ねた」などと大人びたことを言ってごきげんだったのに、身を起こしたら、あっという間に泣き始めた。はじめのうちは歩み寄り、抱っこしようとしたり、声をかけたりしていたのだが、「ままー、いゆー、ままー、いゆー」と言って全身で来るなと言う。いゆー。いる、ってことじゃないのか? いや、ってこと? 近づくな、来るなと、ベビーダンスの陰に隠れて大泣き。こういう時にナンですが、めっちゃかわいい。あぐらをかいて、真っ赤な顔してイヤイヤしている。写真を撮りたい気持ちをぐっとこらえ、そーっと離れて、土鍋からおじやを茶碗によそい、切りゴマやら海苔をかけて、ひとりでひっそり食べた。時々タンスの陰から、ちらっとこちらを覗いている。「ごはん、食べたくなったら、きてねー。おいしいよー」と言って、気にせず食べる。しばらくすると、涙鼻水よだれ、つゆだくだくの顔でやって来て、椅子に座り(椅子には座るんだね)「…ごふぁん…」、食べ始めた。

その後も、外へ出るだの、ピヨピヨに挨拶するだの、車を追いかけるだの、家へ帰りたくないだの、お菓子よこせだの、いよかん食べるだの(むいてあげたら、一房食べてもういらない)、DVD見るだの、アンパンマンふりかけ開けろだの(開けたらカーペットに全部こぼした。私はこういうの、気にならない。仕方ないじゃん。掃除すればいいじゃん。ちなみに今日は冷たいお茶を自分でコップに注ごうとして、だだだーっとこぼした。あーこぼれるなーと思って、じっと最後まで見ていた。「あっ、お茶だし、全然へいきー」と着ていたエプロンを脱いで拭く。しかしその後、3度同じことをされ、「へいきー」の声に力がこもらなくなったのは事実だ)、事あるごとに大泣き。その度、そっと距離を置いてみた。

夕方。ひとしきり泣き、わがままを言った後で、まるで取り繕うかのように「いちごーたべゆー」。椅子に座り消防車のDVDを見ていた息子にいちごを渡すと、私は敷きっぱなしの布団に腹ばいになり朝刊を読む。「もういっこ、たべゆー」。軽く返事をして、クールに再びいちごを渡す。「おかわりー、いちごー」。いちごを渡し、布団に戻る。すると、息子が椅子を立つ音がして(プー、と音がなる椅子)、「きた、きたよー」とにこにこしている。なんだか申し訳ないような気持ちでいっぱいになった。「おいで」と手を広げると、寝ながらぎゅーっと抱っこした。「仲直りしよう」と言うと「たーっち!」と左の手のひらを出す。あーかわいい。まるまるかわいい。ごめんよ…余裕なくて… それからべたべたして、楽しく過ごしたのも束の間、またしても大泣き(薬を飲みたくなかったのに、私にムリムリ飲まされた。ヨーグルトやスープ、お茶に薬物混入。気配を察してか、そういう時絶対に口にしない息子。困るけど、息子の勘をひかひかさせたい私としては、よし、いいぞとも思う)。この機嫌の乱高下状態じゃ、明日、保育園休ませないとかなぁ、と風呂上がりに寝かしつけながら考えていたら、あ、うんちした? こりゃ泣くくだろうけど仕方ない、と電気をつけると、なぜか布団に座ってにこにこ。薬のせいか、下痢気味。それでもおとなしく、ベビーダンスにつかまって、お尻を拭かれていた。手を洗って戻ってくると、私の枕に顔を押し付けてニヤニヤしている。両手でコップを持ってお茶を上手に飲み、あっという間に眠ってしまった。

木曜から4日間、昼夜問わずおっぱい吸われっぱなし、むすこにべったりの私は、もうしわしわのふらふらである。そんな中、昨日のことだけれど、どうしても最寄り駅ビルのガラポン抽選会に行かねばと、強く主張。高熱の息子と若干看病疲れの妻のために仕事を休んでくれた夫は、「えーこんな時にガラポン?」と半ば呆れながら、車を出してくれた。いつもなら、別に行かなくてもいいやと思うのだけれど、なぜだか妙に「行かなくちゃ」と思ったのだった。何が当たるのかも分からないまま、着の身着のままスッピンで(サングラスにネイビーのニット帽、黒いマントコート、自分で言うのもなんだけど、あやしさ満点)、18時に駅ビルに到着。エスカレーターをダッシュで2階へ。「3回」と書かれた紙を受け取り、抽選のガラガラを大急ぎでグルングルンと回す。白に続いて赤、そして白い玉が出た。「あっ!!当たりです!2等でましたー!!」拍手とともに鐘が鳴る。えっ。私?「に、2等?!私、何当たったんですか?!」すると「ちょっと待ってくださーい、あっ、えーと、スミマセン、お皿セットとアロマテラピーセットはもうなくてですね…、しかももう満開になってしまってまして」と、シュッとした若い男性店員さんから、立派な御殿場桜の盆栽を差し出される。「わー、ありがとうございます!わざわざ来てよかった!!」と言うと、「はーい、わざわざありがとうございますう。SNSとかにあげちゃってくださーい」と返された。「…ハイ…」と受け取り、再びダッシュで車に戻る。車内では、息子、ガマンギリギリ。夫、くったり。私、大興奮。

息子が高熱で寝ていて、夫がまだ帰宅していない間、私は風呂にも入れず、茶の間でじーっと息を殺して、過去のブログを読み返してみた。月並みだけど、1年ほど前のことが、遠い昔のことのようにも、昨日のことのようにも思えた。息子の印象は日々更新され、彼が言葉を話していない頃のことや、歩く前のことや、大人と同じようなものを食べる前のことは、ずいぶんとボンヤリとしている。今日、アンパンマンの録画を見ていたら、息子がアンパンマンよりも、赤ちゃんが出てくるオムツのCMを繰り返し見せろと言ってきた。巻き戻して、5回以上は見た。「あかちゃん」と息子は言って、笑った。どうやら、自分のことは赤ちゃんだとは思っていないらしい。息子がCMの赤ちゃんくらいの頃(6ヶ月くらいかなぁ)、私はどうしていたんだっけ。何を考えていたのかなぁ。

過去のブログを自分から切り離して読むと、「不器用なりに頑張っている新米お母さん」という像がぼわーっと浮かび上がってくるようで、困った。いや、そんなんじゃ、ぜんぜんないです。昼間、腹ばいになって読んでいた朝刊には「児童虐待 過去最多」の見出し。昨年、神奈川県内で虐待の疑いがあるとして警察から児童相談所に通告した18歳未満の子どもは4290人。暴言を浴びせるなど心理的虐待が3005人もいたという。神奈川県だけでも、表に出ているだけでも、この人数。読んでいて、目の前が真っ白になった。
息子が生まれる前なら「よくできるな、そんなこと」などと思っていた。でも、今は、誤解を恐れずに言えば、「そういうことは子供を育てているなら誰しも起こりうる」と思う。私は自分が子供に手をあげるとは思えない。今のところ、全くそうは思えない。そして、そうあらねばと強く思っている。でも、ほとんどの親は、私と同じ気持ちではないだろうか。でも、虐待はなくならないどころか、増える一方である。私だって、例えば何かがあって、どん詰まりまで育児に行き詰まり、何もかも八方塞がりの状態で、今日みたいに大泣きされたら、どうだろうか。(実際、産んですぐ、マタニティーブルーズの最中で、一晩中泣き続ける息子を抱きながら足元に暗い深い滝のようなものが(隠喩ではなく)見えた私である。)
「こんなにかわいい子どもに虐待するなんて、人間じゃない」とも思っていた。でも、考え方を変えれば、そうしてしまうほどの闇の深さをその人は抱えているということなのだ。それは何の言い訳にもならないけれども。どんな子も心身ともに傷つけられることがあっては絶対にならない。しかし今日、大泣きしている息子をじっと「観察」しながら、多かれ少なかれ、私はこの子の胸にこうして穴を開けているんだな、と思った。私だって、親から何かしらの穴を開けられて、大きくなったのである。それは一緒に暮らしていく中で避けられないことかもしれないけれど、どんな時も自分が「いいお母さん」だと錯覚しないこと、元気でいてくれれば、ある程度は「ま、いいじゃん」と思うこと、無視しないこと、ちゃんと悩むこと、でしょうか、どうでしょうか… とにかく、誰でもが子を虐待する親になる可能性が全くないとは言い切れないということ。そういう実感を持ってしまってから目に耳にする虐待のニュースは、ものすごく、ものすごくおそろしい。

あ、そういえば先日、息子よりひとつ年上のOくんが私を見るなり「おにばば、きた」と満面の笑みで言ったのである。すると、息子、Rちゃんもやって来て、口々に「おにばば」「おにばばー」と言う。「私のこと?」とふざけて言ってみたが、誰も否定しない。「おにばば、みたー」「きたねー、おにばば」。にこにこである。「はい、私、おにばばだよ。ついにばれたね」と、首に巻いていたスカーフを泥棒巻きにして、大真面目な顔で言ってやった。子ども達は大喜び。ひらがなで、おにばば。我ながら、ぴったりの言葉だと思う。

件の盆栽は、今、テーブルの上に置かれてある。造花みたいにパリッとしていて、この花が枯れたり散ったりするなんて、そこから緑の葉っぱが出てくるなんて、嘘みたい。息子はどんなに荒れても、ふざけても、この盆栽には一切手を出さず、機嫌がいい時には「きれいねえ」などと言ってくれた。ありがとうね。早く元気になってね。

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