2016年3月20日日曜日

木曜日。夫に息子の一切をお願いしてライヴに行く。2時間残業し、久しぶりに夜の街に出た。飲酒したい気持ちが高まり、ひとりで2軒ほどハシゴする。しかしながら、夜の街と私との距離はずいぶんと離れてしまっていた。イマイチしっくりこないのである。どこへ行ったらいいのか、わからない。ふらふらとさまよう。結局、スペイン坂にある「人間関係」で、ギネスを飲む。隣席の若い男女が「未来があるっていいですね」「そう、おれ今、完全に自由っていうわけ」「ですよねー!いいなぁ。乾杯」などと明るく乾いた声で話している。どこか知らない星にでも旅行に来ている気分になる。手帳からカードを一枚取り出し、夫に手紙を書いた。

そこから歩いて2分ほどのライヴ会場で、知り合い(全員男性)に会う。しっくりこないながら、飲酒のおかげで、柔らかくほぐれた私のからだと気分である。素直に楽しく会話する。時間がきて、暗転し、演奏が始まった。夢は、まず瞼を瞑ることから始まるのだと、当たり前のようなことをハッキリ太字で思う。柔らかく瞼を閉じ、演奏を聴く。「かわいそうなたましい」という言葉が浮かんで消えた。すると、まるで、重たい緞帳がスルスルと上がるような速度で、視界が開けていくような感覚を覚えた。続いて、さまざまなアイディアがお湯のように湧き上がってきた。あ、あ、あ、きた。アタマの中の裸電球が点るような感覚。冷たい電球が熱を帯びていくように、興奮する。休憩時、アイディアを会場にいた友人に打ち明ける。いや、一旦は躊躇し、手洗いまで行き、冷たい水で手を洗う。戻ると、今度は、するすると口からリボンを出すように一気に話す。彼は素早く反応する。全くなんの脈絡もなく、三島由紀夫の『命売ります』と、つのだじろうの『恐怖新聞』を同時に読み返したくなってきた。

金曜日。保育園へ息子をお迎えに行く。週末、いつもよりホッとした表情のお母さんが多い。ごたごたとダマになるように大人も子どもも寄り集まって、おしゃべりしながら園を出る。一つ年上のYちゃんが帰りたくない、と門のところでイヤイヤしている。息子はYちゃんに近づいて、「Yちゃん、いっしょにかえろー!」「おてて」と自分の右手を差し出した。Yちゃんは息子の右手を握り、一緒に歩き始めたが、しばらくすると、再び息子の手を離して走り去り、駐車場の隅でイヤイヤを始めてしまった。さぁ、どうする、息子よ、と見ていたら、息子はYちゃんの元へ駆け寄った。Yちゃんのイヤイヤ、一段と激しくなる。すると息子は「おてて、おてて!」と言いながら、右手をYちゃんの方へ伸ばした。すると、Yちゃんは「ありがと」とちいさく言って、息子と手をつなぎ、また歩き始めたのである。一同、びっくり。おー、ジェントルマン。無事、Yちゃんの住むマンションへたどり着くと、「いっしょ、あるいた、ねー、バイバイ」と手を振った。

Yちゃんと息子が手をつないで歩いている間、実は、大人たち(Yちゃんのお母さん、Sくんのお母さん、私、担任のM先生)は、こころをくしゃくしゃにされたような気持ちでいたのである。M先生(息子が「ママ」と呼んでしまう先生)が3月いっぱいで、別の園へ異動されることになったのだった。さらに3人の先生が退職されるという(ちなみに、先生は、園長先生、給食先生を含めて、8人の園である)。M先生は「ようやく子供たちも慣れてきたのに… ほんとうは行きたくない!こういうことは本当は言ってはいけないんだろうけれども… ママたちの顔を見たら、言ってしまった… ごめんなさい!」と本音を爆発。「私たちも会社員ですから… 辞令が出たら従わなきゃいけないって分かってます… でも、いやだなぁ」とYちゃんのお母さん。「4月から先生がいなくなったら、うちの子泣いちゃいますよ…」とSくんのお母さん。いつもは一番おしゃべりなのに、私は言葉を失ってしまった。寝耳に水、青天の霹靂。とにかく大ショックである。異動のM先生もさることながら、3人もの先生が退職されるって… 子供たちに聞こえないようコソコソ話しているはずだったのに、息子は「いどう、するー」と言って、前方を指差した。そうだね、こんなふうな「移動」ならよかったのにね。

土曜日。昨日の土曜保育は、いつもの園だった(通常は、母体である別の大型保育園へ連れていく)。土曜保育は各クラス1人ずつ、の3人。がらーんとした保育室に一番乗りで到着すると、息子はふざけて足踏みして笑った。辞める先生と、辞めない先生が1人ずついらっしゃった。そのことについては何も言えなかった。
夕方、お迎えに行くと、園長先生とM先生が「おかえりなさーい」と迎えてくれた。M先生は息子を膝に乗せて、絵本を読んでくれていた。次が最後のページというところにくると、息子は「おしまーい」と本を閉じてしまう。そして「よむ」と言って、もう一度初めから読んでくれとせがむのである。これは、家でもよくあること。「次で終わる、ということがちゃーんと分かっているから、こうするんですよね。すごいなぁ。おりこうねえ」と先生は、息子の頭を撫でながら、にこにこ仰った。息子は「せんせい、せんせい、だっこー」と、M先生に甘えた。私は話したいことがたくさんあり、先生もその様子だったけれど、何となく憚られて、いつも通りにお別れをした。先生は私たちが玄関を出ても、ずっと見送っていてくれた。むっちりとした肉まんの皮がはちきれるような感じで、泣いてしまいそう。息子を抱っこして天を仰ぐと、黒いベールが貼られたような薄暗い空を引き裂くように、真っ闇いカラスがスイーッと空を横切り、電線に止まった。

22時。「はがき、ありがとう」と、夫が帰ってきた。郵便受けに届いていたけれど、そのまま残しておいたカードを見つけたらしい。「ちいさく宴会しようよ」と缶ビールやチーズ、ポテトチップが入ったレジ袋を掲げて見せた。「私のコレステロール問題はどうなるのよ」「いいよ、だいじょうぶだよ。べらぼうに高いわけじゃないじゃない」「どんどん血がドロドロになって…」「いいから、飲もうよ。明日、仕事お休みでしょ」と、台所からグラスを持ってきた。「俺はもう、外で飲まなくていいの。家で、こうして飲むのが最高」と笑う。そして「賞味期限が切れているので、責任を取っています」と、謎の茶色い練り物にマヨネーズをつけて食べていた。保育園の話、学歴詐称で話題の方の話などする(夫はこの話題に妙に心を痛めている。別にファンだったとかそういうことではないのだが、「悪い人ではなさそうだし… 嘘はよくないことだけど… なんだか、胸が苦しくなる。同年代だからだろうか…」と遠い目である)。つけっぱなしのNHKでは、大瀧詠一さんの特集。凄腕のベテランミュージシャンたちが脇に徹し、歌う人(鈴木雅之さんと薬師丸ひろ子さん)は、それに応える。そして、姿が見えなくなっただけで大瀧さんはそこにいるようだった。『夢で逢えたら』の演奏が終わった時、井上鑑さんの譜面が誰かに下から引かれたように落ちたりして、皆が「大瀧さん、いたずらしたね」と笑い合う場面もあった。思わずボリュームを上げてしまったからだろうか、ウニャウニャと息子の声が聞こえる。そーっと襖を開けると、息子は布団の上に座って、ぼさぼさの顔でこちらを見ていた。ごまかすかのように、そそくさ布団に入り、夫が家中の電気を消すと、鈴木雅之さんが番組で歌った『Tシャツに口紅』の歌詞が耳によみがえってきた。

みんな夢だよ
今を生きるだけで
ほら息が切れて
明日なんてみえない

瞼なんて閉じなくても、みんな夢。そんなことをあれこれグルグル思っているうちに、眠ってしまった。
そして今朝、ふいに武満徹さんの『ジャズ』というエッセイを思い出し、本棚から取り出し読む。

 私は表面の調和について言っているのではない。こぢんまりとコンパクトされたような音楽はジャズという名で呼ぶことはできないだろう。永遠への欲望を秘めた不確定で不安定な足どりがジャズの拍(ビート)ではないだろうか。ジャズ音楽は結論を準備しない。そんな不潔な仕方で人々とコンタクトするようなことはない。正確な現在のなかで、苦しげだが夢みている。私の音楽とジャズの間にいくらかでも共通するところがあるとすれば、自分に対して純潔な仕方で他者と交わりたいと希っていることかも知れない。
(『音、沈黙と測りあえるほどに』より)


結論を準備しない。そんな不潔な仕方でコンタクトすることはない。苦しげだが夢みている。頭のなかで反芻しながら、汚れた皿を洗った。
さまざまな「夢」が交錯して、そうだ、バシュラールの『夢見る権利』も読んでみようか… そんな感じでがさがさしていたら、息子、夢より帰還。ぐずぐずして、私の腹に顔をつけると、また眠った。春眠。春は、目を閉じて見る夢にいつも以上に近づく季節、なのだろうか。少し開けたサッシ窓の横に座布団を敷き、夢見る息子を膝に乗せ、夢について思いを巡らす私の背後には、風に揺れる洗濯物。春分の午後は、かくも穏やかに、過ぎていく。息子は、からだをずっしり重たく熱くして、眠りを深めている。1才児の見る夢は、どんな夢なんだろう。息子の背中に置いた私の左手はえらくかさついて、川のような血管が3本浮き出ている。年をとるのもいいなと思う。

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