2016年3月11日金曜日

独立宣言

 1歳半から3歳までのころは、もっとも扱いにくく、手を焼くことが多い時期です。
 なにしろ、この時期の子どもは、葛藤の最中にあります。親から離れて自由に行動したい気概と、親に頼り保護されていたい甘えとが、複雑に交錯している。つまり、自立と依存の狭間をさまよっているのです。

『育育児典』、〈1歳半から3歳のころ〉の「育てかた」のページは、このような文章から始まる。葛藤。火曜日あたりから、何かにつけ、息子が「イヤダイヤダ」と言うようになった。「イヤダイヤダ」でなければ、「マダマダ」「ヤダー」。きた。これですか、イヤイヤ期。こんなにいきなりやってくるのか。1歳半検診でもらった「イヤイヤ期を乗り切るには」みたいな紙、読まずにどっかにやっちゃったよ。おー、これぞ真正PUNK。シアバターで息子の薄い髪を逆立ててやった。こんなふうに、はじめのうちは面白がっていたけれど、私はこのところ体調がすぐれず、余裕がない状態であった。息子のイヤイヤに、ほほ笑み続けていられるわけはなかった。

前日までは、きちんと椅子に座って、スプーンを握り、ご飯を食べていたのに、椅子に座ることはおろか、お食事用のエプロンもスプーンも拒否。手も洗いたくない。「マダマダ」と首を振り、「きのこ、たべたいいいい!」とキノコばかりを食べたがる息子1歳7ヶ月。私の膝の上にどーんと座り、キノコの次は、「みかん」「いちごーちょうだい!」「ごはん、もっとー」「おっぱい、ちゅっちゅー」。

または。保育園からの帰り道、ベビーカーを降りて歩くと言い出す息子。「…あゆく(歩く)!」「ここは車がいっぱいだし、暗いから、あの角を曲がったら歩こう」。すると、どういうわけか「いたいーいたい!」。かなりの大声である。通り過ぎる人たちの目が冷ややかに感じてくる。…いや、私、何もしてません。むりむり降りようとするから、お股にベルトが食い込んでいたいのか、真偽のほどは定かではないが、半泣きである。「いたいいたい!」と騒ぐ息子に、仕方なく、「じゃ、ちゃんと手をつないで歩くこと!約束!」と、左肩にベビーカーと保育園の荷物を担ぎ(道路がガタボコで安定感が悪すぎて片手では押していけない)、右手で息子と手をつなぐ。男の子って、どうして、高いところに上りたがるんでしょうか… ちょっとした段差は全て上り、飛び降りる。あらゆる自動販売機は、くまなくチェック。「おおきートラックきたー!おーい、トラックー!バイバーイ!」車道にも、もちろん注目。そして、「ままー、だっこ!」。「もう少し行ったら歩いてよ(胃と膝がきゅいきゅいと痛む)」「ヤダヤダー!マダマダマダー!!」。左肩にベビーカー+荷物、右腕に息子(約13kg)、両肩にリュックサック。ふらふら歩く私に当たるスポットライト…「あっ、ままー、あぶないー、ぶーぶ、きたよー!」。ご親切にありがとうございます…

または。教育テレビの『おかあさんといっしょ』を見ていて、「ミーニャ(猫のキャラクター)のーふぁっしょんしょー!もういっかい!」。どうやら息子は、女の子女の子したふわふわのドレスとかお花模様などのフリフリしたお洋服を見ることを好む(「着たい?」と聞いたら、それはない、とのことだったが)。録画したものを何度も何度も見せろと言い、「そろそろおしまい」と声をかけると、大泣き。「ふぁっしょんしょー、みたいいいい!!」ファッションショーって、そんなに泣くほど望んで見るものだっけ?そして、いつ言えるようになった、ファッションショー。

または。明らかにうんちの匂いがするので、「うんち、出た?」と聞くと、ごまかす。「出たね!」「うんち、でたー」「おむつ替えるよ」「マダマダマダー!」「じゃ、いつならいいの!」「マダマダ、イヤー」「(教育テレビの『いないいないばぁっ!』の「うーたん」のモノマネで)うんちしてるのにーかえないなんて、おかしいよー。おかあさんがかえてくれるっていうんだから、トイレでかえようよー。とってもきもちがいいよ!うーたんもいっしょにいくよ!」「うん!」。すっくと立ち上がり、進んでトイレに行く息子。うーたんの言うことは、聞きます。声を変えて話しているだけなのに… すごいぞ、教育テレビ。

または。「イヤダー!」(号泣)を何とか説得し、ようやく入ったお風呂で、うとうとしていた息子をお布団で寝かしつけ。あ、寝た、と思ったら、むっくり起き上がり「でんき、ちゅけて、くださーい!」「…明るくしたいの?本、読みたいの?」「あかゆく(明るく)したーい。でんき、ちょーだい」「どうして?」「でんきー!ちゅけてー、ほしいー!あかゆく、ちょーだい!」「…ねんねしようよ」「マダマダマダマダー!」と半泣き。電気を点けると、ぱっと笑って、眠った。

このように書いてみると、つくづく、面白い生き物だなぁ、と思うのだが、体調が悪かったり、出勤前、帰宅してから等々、こちらに余裕がないと、正直キツい。特に夜は、やらなければいけないことが山積みなのに、息子に付き合っていては、何ひとつ片付かない。ただし、無理強いするのは、私も嫌なのである。なので、できる限りつき合おうと思ってはいるのだけれど、もう喉元まで「め・ん・ど・く・さ・い!!」が出かかっていることもしばしば。先日は「お母さんだって、そんなヤダヤダ、イヤだよ!!」と大人気なく言い放ち、息子大泣き。ついに、めまいがひどくなり、仕事も休んでしまった。あー、イヤダイヤダ。1日、しんとした部屋で頭を冷やして寝ていた。何もせずにじっと寝ていたのは、いつぶりだろうか。夕方になると、いくぶん頭がすっきりしてきた。熱いお茶を入れて、冷えたソファに座った。そんなにまでして「やらなければいけないこと」ってあるのかな。そんな気がしてきた。それで、ふと『育育児典』を開いてみたのである。最初に引用した文章に続いて、「できるだけ、子どもに『まかせる』ようにする」「子どもが自分で収拾するのを『待つ』こと」そして「場合によっては、親が『負ける』ことも知らなければ」とあった。まかせる、待つ、負ける。雨の夕暮れ時、薄暗い部屋で、ひとりボソボソと呪文のように唱えてみた。

 子どもは、ひとりでに「わがまま」になるのではありません。また、あらかじめ決められた「反抗する時期」というものがあるわけでもありません。それだけ、強い心の動きに突き動かされているのだと思います。
 子どもは、この時期になると、世の中にはルールがあり、親には親の都合があることを知り始めます。そして同時に、その多くが自分の欲求に反することにも気がつきだしています。これは、子どもにとってはたいへんな事態。言われることに安易にしたがっていたら、自分のやりたいことがすべてできなくなりかねません。そこで、やむなく、自分を主張せざるをえなくなっているのです。
 しかし、そのようすを見ていると、ただ「我を張り出す」だけでもなさそうです。性質にもよるけれど、どこかで、いっとき、手を引いたり、あきらめたりもしています。どうやら、子どもは、我を押し出しながら、世の中と自分との折り合いをも模索している。そこには、この時期の子どもの「自我の確立」への苦闘さえ見てとれます。そのためでしょうか、欧米ではこの時期を「独立期」と呼ぶようになっているそうです。
『育育児典』p254  〈1歳半から3歳の頃〉「子どものようす」ー「こころのもよう」より

その日の夜、息子はなかなか寝なかった。「でんき、けすー」「でんき、ちょーだい」を繰り返し、夫に「どっちやねん」とツッコミを入れられていた。私は布団に入り、ボーッとしながら、息子の様子を眺めていた。すると息子はおもむろに近づいて、私のほっぺたを、なで、なで、なで、と撫でた。私が体調不良で仕事を休んだことを知っているのである。私は息子をえいやっと布団に引きずり込み「いろいろイヤイヤしてもいいけど、お母さんのことはイヤイヤしないでねー」と言ってみた。息子はへらへら笑って「うん」と言った。

体調はいまひとつだが、やはり働くのはいい。そして、日々の子育て経験は仕事に還元。イヤイヤ、いや、日々独立宣言の息子に比べたら、とんでもなくワガママなお客様さえ、何ともないのである。そして、今までより人の話をじっくり聞けるようになったと思う。英語が話せないお客様とのコミュニケーションも抵抗がない(これは前からあまりないけど、最近特に)。赤ん坊、乳児、幼児たちの、言葉にならない言葉を日々聞き取ろうとしているのが、今、仕事に生かされていると思う。そして、いつ泣くか分からない子どもの気配を察しながら、家事をするためか、先を読んだ行動が取れるのである(失敗も多いですけどね)。失敗しても、反省はするけれど、そんなにめげない(命にかかわること以外はどーってことないと思っている)。どうですか。もちろん主婦の方だって、バリバリ働いているのである(むしろこちらの方がすごいと思ってしまう。私ならすぐに「ネタ」が尽きてしまう。主婦とはクリエイティヴであるということ)。つまりは、それぞれが選んだ、それぞれの持ち場があるということである。いずれにせよ、おそらく、多くのおっかさんは、かなりの戦力でっせ。と、自分を鼓舞する私である。連日の、働く女性、母、子どもを育てるということ、国、さまざまな仕組み、等々の報道を読むにつけ、いろいろ思うところはある。あるけれど、今、私ができることと言ったら、「やっぱ、子持ちの女は使えねえなぁ」と言われないように、明るく精一杯働くことでしょうか。そして、新聞を読み、自分の考えを持って、選挙に行くことでしょうか。あらゆることを「やっても無駄」と切り捨てないことでしょうか。息子を見ていて思った。大人だって、イヤダイヤダ、言っていいのである。では、自分はどうするか。あらゆることが正攻法で突きつけられて、気がつけば、今年で40歳。外では、真白く縦に、木蓮が咲いている。柏手、パン。やりすぎない程度に、はりきって、いきましょう。

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