2016年1月10日日曜日

どんど焼き

晴天。両目を覆うほどのボサボサの髪のまま、ベランダに洗濯物を干す。アパートの前を、先ずこどもが、追って、大人が、またこどもが、というような感じで、ゾロゾロと人が通り過ぎていく。私は思わずさっとカーテンの裏に身を隠した。いいお天気ねえ、と見上げる人々と私は、必ずと言っていいほど、目が合ったからである。10時から、アパートからすぐの空き地で、どんど焼きが行われるのであった。

「どんど焼き」
小正月(こしょうがつ=1月15日)の行事で、正月の松飾り・注連縄・書き初めなどを家々から持ち寄り、一箇所に積み上げて燃やすという、日本全国に伝わるお正月の火祭り行事です。始まりは神事からと言われていますが、現在では宗教的意味あいは少なくなっています。
一般的には、田んぼや空き地に、長い竹(おんべ)や木、藁、茅、杉の葉などで作ったやぐらや小屋(どんどや)を組み、正月飾り、書き初めで飾り付けをしたのちそれを燃やし、残り火で、柳の木や細い竹にさした団子、あるいは餅を焼いて食べるという内容で1月15日前後に各地で行われます。
どんど焼きの火にあたったり、焼いた団子を食べれば、その1年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、無病息災・五穀豊穣を祈る民間伝承行事です。

洗濯を干し終えると、ちゃちゃっと顔だけ洗って、私もどんど焼き会場へ向かった。ものすごい人出である。「あら、⚪︎⚪︎さん、ご主人はお元気?」「まーごぶさたしております。うちのやどろくはあそこに、あら、どこかしら」「あ!校長先生!」「おー⚪︎⚪︎くん!」「着火は11時だってー」「餅は今ついてるとこだって。まだまだかかるのかなぁ」「いちご狩りのバスツアー5千円みたいだよ」。折り重なり合うように他人の会話が耳に入ってくる。皆、やや浮かれ気分である。この地域には、こんなにこどもがいるのか、とびっくりするほど、あちこちにこども、赤ん坊がいる。幼いほど、ごたごたと着ぶくれして、紅いほっぺたで、うろうろしている。夫と息子は、おしるこ、お雑煮の列(無料で振る舞われている)からすこし離れた、杵と臼の前にいた。「去年はこんなんじゃなかった。全然並ばなかったよ」と夫。昨年は、私と息子は里帰り中。夫はひとりで来て、お雑煮を2杯食べたそうである。

肝心のどんど焼きは、その列から離れた草地で行われるようだった。いつも息子と歩き回っている一角である。堆く積み上げられた、巨大なタワー(と言っていいのか?)には、古いだるま、お札、正月飾り、書き初め、熊手が飾り付けられている。その周りには、白と桃色の餅が、まるで花が咲いたようにして、枝に刺されていた。近くには消防車、消防署員、地域のハッピを着たおじさんが消火のために待機。11時。時間通りに着火。一気に燃え上がり、「世界平和」と大きく書かれた書き初めが燃え上がり、黒い燃えかすになり、風に乗って宙へ舞い上がった。ただ、火が上がって、何かが燃えている、それを見ているだけなのに、どんど焼きを取り囲む人は皆、夢中でそれを見ていた。なかなか燃えないだるまに向かって、こどもたちが「だるま!がんばれ!」「もう少し耐えてくれー」などと声援を送っている。息子も「ワー!ワァー!!」と指をさし叫んでいたが、しばらくすると黙って火を見ていた。時折、パァーン!と音が立って、炎は激しさを増す。炎の周辺が虹色に見えることもある。白い煙はとぐろを巻きながら地を這うように移動し、くるくるとどんどタワーを撫で回しながら、天へ向かっていった。上を見ると、燃えかすが高くから舞い落ちてくる。その遥か上には、真っ白い飛行機が音もなく飛んでいた。どんどタワーが燃え尽き、消火班が動き始めると、大人たちは、振る舞い餅の列に移動したり、家へ帰る人もいた。正月を過ぎた休日に、集まり、火を見て、餅を食べ、会話して。これ以上の平和はない、と思った。そして、こういう平和が続きますように、こういうささやかな平和が世界各地に舞い落ちればいい(「世界平和」の燃えかすみたいに)、と空を見上げて、ぼんやり強く思った。こういう、きれいごとみたいなことを、本気で願ってもいいはず。少なくとも、燃え盛る炎の前では。

保育園で同じクラスのSくんご一家もみえたので、みんなでおしることお雑煮、みかんを食べ、近所の小さな公園でたっぷり遊んで帰ってきた。家に着くと、息子はひとりで横になり眠ってしまった。今は夫と二人、散らかった部屋で、チョコがけ柿ピーという名の発明品をつまみながら、のんびりしています。鳩時計が3回鳴いた。もう、あっという間に夕方だなぁ。と思っていたら、あ、息子が起きた。ボサボサの顔で起きてきて、椅子に座り、たまごボーロを食べ、「とうちゃん、ハイ、ドーゾ」と手を出して、ままどおるをせがんでいる(「ハイ、ドーゾ」の使い方が間違ってるよ…)。去年の今頃は、まだひとりすわりもできなくて、10倍がゆを食べていた。来年のどんど焼きの頃には、君は、私は、世界は、どうなっているのかね。

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