2015年10月22日木曜日

おさがり

こどもの成長は早い。先週着れた服が今週はもうキツい、ということがフツーに起こる。だからと言って、小さくて着れなくなった服を、簡単に捨てることができないのである。あんまり着ていないから結構きれいで、捨てるのは忍びない。何より、一着一着に思い出がある。また一方で、すぐに着れなくなってしまうから、こどもの成長に合わせて衣服を買い揃えていくのは、なかなか大変である。というわけで、身近にいるお子さんに「良かったら、」と、おさがりを提案するのは、まぁ、自然の流れと言えないこともない。

以前、私の息子が被れなくなってしまった帽子を、同じクラスの男の子たちに貰ってもらったことがあった(私の息子は頭がでかいのである)。「失礼でなければ、」と差し出した、息子のおさがりを、彼らのお母さんは気持よく受け取ってくださった。そんなこともあって、息子が着れなくなった冬のお洋服を、0才児を持つ2人の同僚に差し上げようと思ったのだ。もちろん、汚れがあるものや変色しているものは外した。私の甥っ子から息子が譲り受けたお洋服。つまり、私のだいじな2人のこどもを護ってきた服である。そんな、重苦しいことは抜きにして、楽しい気持ちで、私は登山用リュックに丁寧にしまい、出勤した。

2人の男の子の父親であるひとりは、とても喜んでくれ、大事そうに袋にしまった。「迷惑じゃないですか?要らないものは遠慮なく要らないと言ってもらってかまいませんよ」「いやー助かるよー。上の子と生まれ月が全然違うから、おさがりがほぼないんだよね。ほんと助かるよー」と言ってくださった。もうひとりは笑顔で「見させていただきます」と言って、しばらくして、大半を返してきた。「ボーイッシュすぎるので」。なるほど、彼のこどもは女の子なのである。しかし、前日には「ボーイッシュな格好をけっこうさせてるんで、ほんと助かります」と言っていたのだが… 彼に選ぶ権利はある。大事な娘さんのお洋服なのだし、私も自主的にやっていることなので、本当はちっともかまわないことなのかもしれないが、心の狭い私は、瞬間湯沸かし器のごとく、むかついた。「何を選んだか見せましょうか?」と、変わらぬ笑顔で彼は言った。「いや、いいです」と返された服を受け取ったら、なんだか息子を否定されているような気になった。変ですよね。それ違うよね。何ですかね。すると、先ほどの同僚が「俺、それ全部もらいたい」と言ってきた。「無理しなくてもいいですよ」「いや、無理じゃない無理じゃない。マジでほしいから」と、またまた大事そうに、差し上げた服でパンパンの袋に追加していた。家では気づかなかった汚れが見つかった一着と小さな帽子は、小さく小さく折りたたんで、私のリュックに入れた。さささっと隠すようにしまった。平静を装ってはいたが、私は胃袋から上が、黒い熱い煙で充満したようになって、頭が重く痛くなってきた。「ボーイッシュすぎる」は「では休憩いただきます」と、軽い足取りで部屋を出て行った。横にいた関係のない同僚(男性)が「なんだよ、あれ、失礼じゃん。あいつー」と怒っていた。…なんだか、スミマセン。

帰りの電車の中で、私はこの出来事を「ブログに書こう。考えを整理するためにも」などと思い、自分の内に籠った黒い煙と格闘しながら、あれこれ考えていた。でも、それって自分を正当化しようとしてるだけなんじゃないか? 最近、自分を正しいと思いたいというのが強いような気がする… などと、思いはまた別の方へ流れていった。

先日、2歳のお子さんを持つ知人から「良かったら、」と、おさがりを打診(と言うのだろうか)された。ありがたいことに、私の息子は、甥っ子からのおさがりがたくさん控えているので、正直、必要ないのである。そのことをほのめかしてはみたものの、「じゃ、今度持ってくるね!」と、明るい笑顔で言われてしまった。そうです。こどもの服は捨てられない。近くにいる、自分も知っているこどもに着てもらえたら嬉しいな、と思うのです。そして、その思いがこちらも痛いほど分かるので、断れないのです。断れないのです。(大事なので2回言いました。)難しいなぁ、おさがり。あげる方も、もらう方も。難しい?ほんとうに、そうかな?

と、ここまで書いていたら、今日、息子の服をたくさん受け取ってくださった同僚からメール。奥さんも、奥さんのお母さんもとても喜んでくれたとのこと。昨年の今頃、息子が着ていた、くまちゃんの上着を着た彼の息子さんの写真も添付されていた。似合うじゃん。ああ、よかった。メール、ありがとう。

そういえば、愛読している月刊誌『母の友』9月号で、林央子さんによる記事「たのしいおさがり、拡張するおさがり」が掲載されていたことを思い出し、今、息子と夫がぐーぐー眠る部屋へ取りに行く。どれどれ、と読み返してみて、「いま、おさがりは、もっと積極的に、もっとたのしくできるのでは?」の一文にハッとした。たのしく!こどもを包む/包んでくれた服だもの。そうだ、たのしく。いつの間にか、内側に充満していた黒い煙は引いて、また別の本を取りに、私は暗い部屋に這い入る。

 Mさんはいつも和服でお通しだから、夫のとんびを貰って頂けないか。M夫人に電話でそう伺ったら承知して下さったので、長い年月、茶箱の底にあったとんびを洗濯屋に出し、宅急便で送った。Mさんから電話がかかってきた。
「思い出深いお品を頂戴して恐縮です」
 添状に、「これを着た武田と正月映画を観に行ったことがありました。『翼よあれがパリの灯だ』を観たのです。Hが三つくらいで、目黒の長泉院(夫の父が住職であった寺)に暮らしていた頃です」そんなことを私が書いたからだ。
 夫はその頃、正月松の内だけ和服を着、外出のさいはとんびを羽織り、つんのめるように下駄を履いて歩いていた。洗濯屋に出す前、かくしを探ったら、筒状に細長く丸められて、丁度手の中に握りしめられていた形に皺が寄っている紙片が出てきた。目黒権之助坂にある映画館のビラ二枚だった。ジェームス・スチュワート扮するリンドバーグ大佐が、玩具のような飛行機で、たった一人(そうではなかった。ハエが一匹乗っているのに途中で気がつくのだったが)大西洋を横断する物語。
 思い出のあるとんびだということを書きたかったのではなく、とんびがいかに古い物であるかを書いて、古着を貰って頂く私の恐縮した気持を伝えたかったのだけれど、書き方がいけなかった。
(「世田谷忘年会」〜『遊覧日記』武田百合子より)


これは、厳密には、おさがり、というのではないけれども。ご主人との思い出もお洋服ごと受け取ったMさんと武田百合子さんは、この後、下北沢を飲み歩くのである。
ところで、たった一度お会いしたことがある、このMさんに私は「きよらか」と言ってもらったことがある。あのとき、私は芯から弱っていて、Mさんの発した「きよらか」に救われたのです。たくさんの人から嫌われて、めためたになっていた私を、ドブ沼の底から掬い上げてくださった。Mさんの横で数時間を過ごし、私はなんだか自分が少しだけ「いいもの」になったような気がした。「きよらか」。あの「きよらか」を穢さないためにも、おおらかに、私は生きていかなければ。おさがりを返されたくらいで、息子は否定なんてされない。そんなちっぽけな存在ではないのだ。それを私が信じなくてどうするのか。

おさがりをめぐって。自分のいたらなさを思い知った一日でした。

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