2015年8月1日土曜日

19歳

「すみません、大通りに出るにはどうしたらいいですか?」
青山通りから少し入った細い脇道で、美容院で外したピアスをせせこまと着けていたら、かわいらしいお嬢さんに声をかけられた。原宿まで行きたいと言うので「私もそっちまで出るから、一緒に行きましょう」と歩き出した。彼女は19歳。青山は、彼女にとって大人の街で、馴染みがない場所なのだそう。「何もかもおしゃれで」と彼女は言った。でも今日は、お目当ての美容院を目指してやってきたのだそうだ。

私は、ちょうど、19歳になる年に出会ったアルバムの再現ライブに行く途中だった。彼女とあれこれ話しながら、青山通りを歩いた。聡明で、素直なお嬢さんだった。20年前。私もこんな風に、おめかしして街へ出かけていたっけ。「すてきなお店が、小さな通りにいろいろあって楽しいですよ。今度、機会があったら、ちょっとがんばってでも入ってみると面白いかもしれない。じゃあ、気をつけて。さようなら」と明るく手を振って別れた。

1995年。COSA NOSTRAの鈴木桃子さんがJ-WAVEでやっていた番組で聴いたのが初めてだったと思う。携帯電話も、インターネットもない時代。カセットテープに録音したラジオ番組を通学途中に聴いていた頃。東京で暮らし始めて半年も経たない頃。「わーなんか、いい曲」、そんな感じで、その曲が録音された部分を何度も巻き戻して聴いた。高校3年生のお正月に買った、SONYの薄型カセットウォークマンで。ハッピーな曲なのに、サビの終わりに「でもロンリー」と歌われているのが、とっても気に入った。

渋谷のタワーレコードにその曲が入ったアルバムを買いに出かけた。夏だった。たしか、CD棚とCD棚の間の通路の平台で、新譜展開されていた。5脚の椅子とテーブル(さっきまで人がいた気配のする)のジャケット。カーネーションの『a Beautiful Day』である。ラジオで聴いた『It's A Beautiful Day』とは毛色の違う曲も入っていた。買って、本当によく聴いた。友達にも貸した。ライブも一人で観に行った。ある時、アンコールで、肩車されて歌う直枝さんを見た時には仰天した。その頃、一方で、いわゆる「渋谷系」にハマっていた私にとって、カーネーションの皆さんは、当時「おじさん」だった。「おじさん」たちの音楽は、意外にも、青い田舎娘のこころによく沁みて、私はカーネーションを聴きながら大人になっていった。20年間、このアルバムを一度も聴かなかった年はなかったかもしれない。そうして、いまや、「おじさん」と思っていた当時のカーネーションの皆さんの年齢を、私は越えてしまった。

そういうわけで。アルバム発売20周年記念再現ライブが行われると知って、夫に話したら、息子は俺に任せて行っておいで、と言ってくれたのである。夜、息子を置いて外出するのは初めてだったけれど、今夜、思い切って、行くことにしたのです。ビルボードライブ東京へ。久しぶりのライブだから、きれいきれいにしなくちゃ。その前に寄った美容院を出たところで、19歳の彼女に声をかけられたというわけ。

いやー、すごくよかったです…1曲目で私は目頭が熱くなり、曲の中盤で涙が流れて、自分でも驚きました。ちょっと上手く言葉にできませんので、今はまだ書けませんが、「ミュージシャンは技術職」、そんなことも思いました。大きい声で一緒に歌って、隣の席のおじさんも歌っていました。楽しかったなぁ。年齢層やや高めの客席を眺めながら、みんなのところに平等に20年という年月が重ねられたことを思い知って、何だか、ジーンと胸が熱くなりました。みんな、生きてこれて、よかったね。

帰り道、コーヒーを1杯だけ飲んで、家へ向かう。電車の中で、昨年の夏、出産のため里帰りしていた私に夫が探して送ってくれた、黒柳徹子さんの『チャックより愛をこめて』を読む。1971年から1年間、ニューヨークで暮らした徹子さんのエッセイ集。何となしに持って出たのである。読み進めていったら、こんな文章に出くわした。アルファベットに沿って書かれたエッセイのひとつ、「I アイスクリーム」で。

四つの味をかわりばんこにナメナメ裏通りを歩いているとき突然「アイスクリームって、もうせんたべたことがあるわ。どんな味かっていうとね、甘くて、冷たくて、口の中でとけるのよね」と、アメリカの空爆をさけるため、真っ暗な防空壕の中にしゃがんで、大豆の煎ったのをかじりながら、友だちと話をしてた小さかった私が、目に浮かびました。私の手に持っているこれを、あのときの私にたべさせてやったら、何ていったかな?と考え、生きていて本当によかったと思いながら、私はアパートに帰ったのです。

本に夢中で降りる駅をひとつ飛ばして戻り、ようやく駅に着くと、あ、月、あ、円い月。夏の浮かれた夜風を身に浴びながら、歩いて帰る楽しさ。居酒屋から酔って出てくる人々。道端にしゃがみこんでタバコを吸う若者。裸足の赤ん坊を抱っこしながら揺れる若い母親。ちかちか光る自動販売機。スクーターの間の抜けたエンジン音。閉店した店内を片付けるウェイターさん。夏の夜が生々しい。そんなこと、すっかり忘れていたよ。ずっとこんな平和な夜が続きますように。昼間の女の子が「年をとるってわるいことではなさそうだなぁ」と思ってくれていたらいいな。息子の世話を引き受けてくれた夫にシュークリームを買って、私はアパートに帰ったのです。

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