2015年7月1日水曜日

再投稿

毎朝聴いているJ-WAVE、別所哲也さんの番組に、松浦弥太郎さんが出演されていた。松浦さんが、9年間務めた「暮しの手帖」の編集長を辞めて、この4月から、クックパッドに加わったというニュースはさらっと知っていた。ふーん、へー。ヘッドハンティング的なことがあって移られたんだろう、と私は思っていた。ところが、ご自分で転職されたのだという。驚いた。「49才、全く新しいことに挑戦したくて、」思わず、駅のホームでラジオのボリュームを上げた。クックパッドには敵わないなぁ、と思っていらっしゃったらしい。たくさんの人が見る、投稿も簡単。「敵わないなら、せめて、敵わない人のそばにいたい」、あ、すごいことをさらっと仰った。そうだった、松浦弥太郎さんは、こういう人だった。行動の人だった。決断に迷いはなかったと言う。心臓を鷲掴みにされたみたいに、ハッとした。

20代前半だったか、いろ紙みたいな松浦さんの「くちぶえサンドイッチ」をせっせと集めて、手帳に貼っていた。私はこういうことをしたいんだ、こういうことが好きなんだ、と憧れのような嫉妬のような気持ちで、それらを大事に読んだ。いつの間にか「松浦弥太郎的な」センスが巷でよく見られるようになった。そのうち、デジカメやパソコンや携帯電話が身近なものになって、誰もがちょっと気が利いたような感じの小冊子を簡単に作れるようになった。コンプレックスが強く、天邪鬼な私は、そういうものに反発した。誰よりも「そういうもの」に憧れていたのは私だった。でも、どれも気に入らなかった。気に入ってしまったら、自分がだめになってしまうような気さえした。うわべだけの、にせものめ。金持ちが、他人のセンスを真似て、ハイセンス気取りかよ。とんでもなくお金がなく、生活するのもやっとだった頃、私はひとり、いじけて毒づいた。(そうそう、お金がなくて、1日に菓子パン1個だけとか、ポテトチップ1袋とかしか食べない日が続いたら、ますます荒んで、あらゆることを裏目読みしていましたね。食べるものって、食事って、とても大事なんだと、これで身を以て知りました。)いつしか、松浦さんの文章も読まなくなっていた。ご本人は全くの無関係なのだけれども。でも、そういうものに反発しなくては、私は私を生きられなかった。そういう、こじれた時期でした。きっと直にお会いすることはないと思うけれど、ごめんなさい。

7月1日から、クックパッドの新コンテンツ、〈くらしのきほん〉が始まるそうである。新しいことをしている松浦さんのワクワク感が、こちらまで伝わってくる。心なしか、別所さんの声も弾んでいるような。そうだった。ワクワクしている人と話したり、話を聞いたりすると、血が入れ替わったような清々しい気持ちになる。松浦さんはクックパッドのスタッフの技術力を褒め、情報を出し惜しみしなかった。自信があるのだな。外野にあれこれ言われることも多いだろう。でも、結局は、自分がどうしたいか。何か新しいことに挑戦するには、時に期せずして、周囲の期待とか希望とか、そういうものを裏切らなければならないこともある。そういう時は、思いっきり楽しげに幸福にしているのがマナーかもしれない。
「スマホの操作も、とても楽しくなるコンテンツです」と、〈くらしのきほん〉について、松浦さんは仰った。紙媒体に固執していらっしゃらないのは、少し意外だった。話を聞いていると、媒体はあくまで手段にすぎないのだという、当たり前のことに気付かされた。しかしながら、もちろん、「手段」がとくべつ重要なこともある。時代の波に乗る人、乗らない人。どちらもそれぞれセンスと覚悟が必要だ。それぞれを否定するわけでもなく、それぞれの特性を活かせばいいんだ。松浦さんのインタビューは、38才で守りに入っている私にガツンときた。なんだってやっていいんだと思えた。いつだって挑戦していいんだと。コーナーが終了すると、電車は地下に入り、電波は届かなくなった。静かな興奮が、からだの中に充満していた。他にもいろいろ、ハッとするようなことを仰っていたのだけれど、それらは電波のように消えて、忘れてしまった。

あの頃は良かったという話は、いつの時代でも上る。確かに、今より便利すぎない時代はあった。でも、もう戻れない。ひとは楽な方、楽な方へと流れる。しかしそれを憂いても、大多数はそちらへ流れていくのである。繰り返しになるけれど、結局は、自分はどうするか、ということに尽きるのではないだろうか。実はこの文章、6月30日にアップしたものに手を加えて再投稿している(今は7月3日)。「否定から始まるものは、すべて貧しい」と書いたら、信頼している友人から「すべてではない。否定から生まれた美しいものもある」とメールが届いた。確かにそうで、読み返してみたら(普段はほぼ読み返さずダダーっと書いてアップしています)、自分の「否定、否定、否定の歴史」を肯定する内容だった。(更に、その日、同僚の行動を全否定する事件があって)矛盾してるじゃん!と書き直そうとしたけれど、そこではなく、別のことがひっかり始めた。移り変わりの速すぎる、今の世の中について、考え込んでしまった。

時代の勢いに飲み込まれそうになる程、あらゆる物事のスピードが速くなっている。私たちは、メールの出現で、1日2日、返事を待てなくなった。知りたいことは検索をかければぴゅんと出てくる。電車の乗り換えも、路線図を見ることなんてない。たった15年くらい前には、クラブでかかっている曲名をDJの方に尋ね、教えてもらって手の甲やレシートやフライヤーの裏にメモし、同じく教えてもらったレコード屋に行き、探し、貼られている値段を見て、買うのを諦める、その代わり、素敵なジャケットのCDをジャケ買いし、失敗する(数年後、聴き直して、気に入る)。それが今、どうやら、スマホをかざせば、流れている曲のタイトルが画面に現れ、そのまま買うこと(ダウンロード?)もできるらしい。16年前、私が卒論を書いた時、図書館に通い詰めて文献を探し(テーマが会話研究だったので)、テレコに会話を録音し分析し、手書きで100枚(200枚だっけ?)書いた。「枠」という字が全て「粋」になっていて、先生に指摘され、書き直したり、修正したりした。今は……どうなのかな。

今朝、某ブランドのお洋服をそっくりそのまま真似したものが本家の三分の一程度で売られていた、というニュースをやっていた。街頭インタビューで、若いお嬢さんが「まったく同じデザインだったら、安い方を買いますね」と迷わず答えていた。びっくりした。そういうもんだったっけ?いや、でも、あらゆることが、こういう感じになってきているような。仕方ないかもしれないけれど、つまんない。他人のこと言えた義理じゃないけれど、人間がどんどん幼稚化してきている。そりゃそうだよ、自分に不都合なこと、面倒くさいことは、考えなくても済む時代だもの。スマホが脳みそ代わりさ。何かしても指摘はされない。議論もない。臭いものには蓋。そういう時代に子供を育てているということ。自分たちはどうしていくのか、このところ毎日、夫と話している。答えは出ないけど。そのことで私、やたらと怒りが溢れたり、ぐなぐなと元気がなくなったり、やる気がみなぎったりして、忙しいんですよ。それにしても、私には「読んだけど、俺はこう思うぜ」と(こういう口調じゃないけれども)、連絡をくれる友人がいて良かった。

無限に自由な変化をし続ける存在である私を全うしよう。私は軽やかに決意する。時代の勢いに負けないで、もっとシンプルに、大らかな目で、物事に取り組みたい。

外は雨。フランスから届いたレコード(CHASSOL"BIG SUN")を聴きながら、夫とお菓子を食べている。息子は熟睡中。雨はこれから、ますます強まるという。


すべてのものは変化する。変化して、とどまることを知らない。変化しないものは「存在」ではあり得ないのであり、存在するためには、たえず「変化」を維持して行かなければならないのである。「存在する」という、いくらか安定を意味することばと、「変化する」という、やや不安定な匂いのすることばとは、実は、背と腹のようにぴったりと結合されて、ひきはなすことは不可能である。無限に自由な変化こそ「存在」をいきいきと動かすもの、「存在」をしっかりと支えている条件なのであって、この条件、この動かすものなしには、「存在」は、高空でひらいて、空気の抗抵でふくらんでいたパラシュートが、地上に降下したとたんに、無意味な大きな白い布にちぢんでしまうように、何事もなし得ない、哀れなひろがりにすぎなくなる。

(武田泰淳「映画と私」/『武田泰淳の映画バラエティ・ブック タデ食う虫と作家の眼』より)

0 件のコメント:

コメントを投稿