2015年6月27日土曜日

開雲見日

昨日の夕方は雨が降っていた。いつも降りる駅より2つ手前の駅で降りて、保育園の近くまで、バスに乗ることにした。バス停には、赤ん坊を抱いた疲れた顔の母親が2人。私の前と後ろに、それぞれ並んでいた。手にごろんとしたゼリーを容器ごと持たされた子は、バスに乗り込むと、びええと泣いた。母親はバスの大きなフロントガラスの方を、まるで目が見えていないかのように、ぼんやり見つめていた。後方からも、んぎゃーんっぎゃー、という声が聞こえる。梅雨どき、夕方、雨、湿る衣服、バスの中で泣く我が子。母親の体はどんどん重たくだるくなっていくようである。私は、かすかに湿った厚い座席シートに座りながら、窓の雨粒の連なりを眺めていた。ぶおおっと後ろの方から、過去の風が吹いて、1年前の今頃の自分を思い出した。

里帰り出産のため、私は福島にいた。出産するはずだったクリニックで血小板減少と早産気味を理由に断られ、紹介された綜合病院では、それらについてはそこまで深刻ではないが、血小板減少の原因を探っていたら抗HLA抗体の数値とやらがべらぼうに高いことが判明し、医大を紹介されることになった。最初のクリニックは、妹が出産した産院である。何も考えず、妹に勧められるがまま、そこに予約を入れた。後で知ったことだけれど、例の震災があって、妹の時とはずいぶん体制が変わったらしく、いわゆる「ふつうのお産」(少しでもリスクのあるお産はできないということ。お産って、何かしらのリスクは伴うはずですがね)しか受け入れられなくなっていたらしい。

2014年6月27日の日記
11:30〜妊婦検診。抗血小板抗体は私由来ではないことが判明し、やや落ち込む。帰宅後、どら焼き食べて眠る。夜、暗い部屋でひとり泣く。不安はどこからくるのか。

同6月30日の日記
家の水道工事。おじさんがひとり来て暑い中作業している。夕方、(綜合病院)からTEL。(綜合病院)から紹介状が出て、医大へ行くことに…不安でひとり泣いた。どうなるのかな。

この後、出産するまでの約3週間は、不安すぎて、毎日ぼんやりしていたように思う。梅雨の、のったり重い空気の中を朝夕、散歩するくらい。川べりの道を、大きなお腹で行ったり来たりしていた。さくらんぼの季節が終わって、桃の実が生り、袋掛けが始まる頃。成長していく植物と腹の中の子。自分の体の中で起きていることなのに、全く分からない事象が起こっていることの不安。医大では、遺伝を研究しているらしい先生が主治医につき、「ふつう調べないんですよ、妊婦さんの抗HLA抗体値なんて。もしかしたら、同じような値の妊婦さんもいるかもしれないけれど、ま、調べないんで、そのまま出産されてると思うんですよ。たまたま、そういうことに興味がある先生だったから、調べて分かったという感じですかね。なので、データがないわけです。そういう意味でも、大変珍しい症例で、こう言ってはなんですが、輸血部一同、興味深く思っています」みたいなことを言われたりした。そう言われると、好奇心の方が不安を上回っていく私の性格。それに先生は、私の友人に顔と声が似ていて、初対面とは思えず、説明もわかりやすく、私は少し安心した。案ずるより産むが易し、そう言うではないか。
医大に行って、覚悟を決めてからは、気持ちが少し明るくなった。夫の血と私の血のマッチング検査などもしたけれど、結局、検査結果が出るより前に、息子は生まれた。心配されていた息子の方も何の問題もなく、まもなく1才を迎える。土手をはんぶんくらい行ったところにある赤い水門に立って、お腹を両手で支えながら、煙る緑の山を見ている私が、バスの窓の雨粒の中に見えるようだった。

ところで今、私の妹は、さくらんぼ農家で箱詰めのアルバイトをしているらしい。「すごく楽しい。毎朝、ああ早く畑に行きたいって思うの」と言っていた。先日の夫の誕生日には高級さくらんぼを一箱送ってきてくれた。夫は、仕事から帰ると、うきうきせっせと食べ(消化悪いから夜は食べないほうがいいのに)、種を翌朝、窓からばら撒くのだった。「さくらんぼの木が生えるかもしれない。鳥の気持ちになって… 雨も降ってるし、きっと芽が出るよ!」などと言い、朝、窓を開けるとパラパラパラパラと撒いていた(我が家はアパートの2階)。今日の昼間、息子を抱っこしながら、何気なく、その窓から地面を見たら、ところどころ濃いピンクの果肉をまとった黄色味の強いアイボリーの種が、深い茶色の土の上に散乱していた。1階の窓の上の屋根にも数個、落ちていた。厚い雨雲からほんの少し日が射して、散乱した種がより浮き立って見えた。あーあーあーあー、思ったより豪華絢爛だわな… これ、芽より先に苦情が出るんじゃないか… そう思ったら、なんだか笑えてきた。面白い人と家族になったもんだ。息子の両脇を支えながら、高く上げ、ぐるぐる回ると、息子はきゃははと笑った。開雲見日。ほんとにそうだわ。

2014年7月19日の日記
18日午前に破水。しかし破水と気付かず、体操をしてから、車で医大へ。到着するやいなや、車寄せで本格的に破水。そのまま入院となる。12時ごろから促進剤を使用するも、陣痛が強くならず、16時で一旦中止。(帝王切開の事態になった時のための検査も行われる。)17時ごろ、(夫)と陣痛室で対面。照れくさい。付き添ってくれていたお母さんは帰って行った。その頃からだんだんと痛み強くなる。出血が多くなり、38.8℃まで発熱(破水によるもの)。食事がほとんどできないまま、21時で子宮口3cm程。朝までかかると言われたが、その後ぐんぐんと進み、0時でほぼ全開、分娩室へ。助産師の板垣さんと助産実習の行田さんのリードに導かれ、1時33分出産。私の最初の感想=言葉は「あったかい」。左横に赤ちゃんがいるのだが、直視できない。盗み見るようにして見た。あかい。「ご立派ですよ」と、ほほ笑む看護婦さん。1時間ほどして(夫)も対面。泣いていた。行田さんに3人の写真を撮ってもらう。(夫)、ひとしきり喜びをあらわにすると、興奮したのか、なぜかZZ TOPの話をして、陣痛室にスタスタ戻り、あっという間に眠る。

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