2015年4月7日火曜日

Shadowboxer, baby

息子の慣らし保育も4日目。朝、送っていくと、ベビーキャリアから降ろす前に泣き始めた。同じクラスの女の子に「うちの子、よろしくね」と声を掛ける。(この子は、入園式からずっと息子に熱視線を送ってくれている女の子で、昨日の朝、泣いていたけれど、息子の姿を見るやいなや泣き止んだ。私が最も注目している「おともだち」である。)

2時間後、迎えに行くと、息子は泣いていなかった。しかも「お母さん来たよ」と、先生に声をかけられても、クラスメイトたちの様子に興味津々のようで、私に気がつかない。「きたきたきたきたキタキツネー」と私が言うと、はっとした表情で振り返り、私の方へ手を差し伸べて、うえーんと泣いた(が、すぐ泣き止んだ)。おんぶされている息子と握手する。あ、スタイ(よだれかけ)が変わっている。「スタイ替えていただいたんですね。よだれ、出たんだー。慣れてきたのかな」と私。保育園の日は帰ってくるまで、滝のように出ているはずの、よだれが止まっていたのである。緊張しているためだと思う。「けっこう余裕が出てきて、年長のおともだちの様子やおもちゃを見たりして、泣かないで過ごせてましたよー」と先生。他の先生方も「ほんと。泣かないでえらかったね」「また明日よろしくね」と声をかけてくださった。明日から、ついに、給食を食べてからのお迎えになる。

息子を迎えに行く道すがら、Fiona Appleの "Shadowboxer" を3回リピートして聴いた。雨の中、アディダスで水たまりを避けながら聴く "Shadowboxer" は、妙に心にしみた。幹線道路を、結構なスピードで行き交うトラック、乗用車、バイク、バス。車の音でかき消されるくらいの音量で、口ずさむ。I want to be ready for what you do. 本当は激しい恋の歌だけれども。横に走る車、縦にふる雨、斜めに歩く私。

保育園を出ると、息子はいつも眠ってしまう。母親がいない時間。刺激。細胞を分裂させ、シナプスを増やし、1時間前の自分とは別の自分になるということ。小さなからだの中で起こり続けている、とてつもない変化。体調を崩してしまったお子さんもいるらしい。そりゃ、疲れるよね。でも大丈夫。きみたちは、ぴかぴかに、強い。真顔のままで、ぐふふふ、というような笑いが、胃の下あたりからこみ上げてくる。

ぐったりと眠る息子を抱いて、先ほど通った道を戻る。幹線道路から逸れて小道に入り、住宅地を道なりに進むと、一面になずなが咲いた畑が現れる。そのところどころに菜の花の黄色、花大根の淡い紫。竹林のあちこちに顔を出し、育ち続けている竹の子。枝を切り落とされた木蓮の蕾は、羽を収めた紫の鳥のように、空に向かっている。いろいろなことが少しずつ、前に前にと進んでいる。間もなく息子は、別れ際にも泣かなくなるだろう。先生やおともだちと距離を縮めて、今に、私や夫がいないところでも、笑い声を上げるだろう。

家に戻ると、休日の夫が、黙々と部屋の片付けを続行していた。1時間ほどで、45ℓのゴミ袋4袋分の過去との決別。私たちは持ち物が多すぎるのだ。それが、多少なりとも、最近の私のストレスの種になっていた。もともと夫が一人で住んでいた部屋に私が転がりこみ、そこに息子が加わったため、今のこのアパートは手狭ではある。引っ越すことも考えたが、とりあえず(息子がハイハイする前に、私が復職する前に)、部屋をすっきりさせようと話し合ったのである。モノで武装していた時代は終わり。どんどん物を減らして、身軽に。自分ひとりではない片付けは、正直しんどい。しかし、私の決意は固い。やるぜ。やるんだ。夫も重い腰を上げて、気持ちいいくらい、どんどんと捨ててくれた。まだまだ。ゴミ袋に囲まれながら、息子はにこにこ。どこからか出てきた、夫の20才くらいの時に撮った証明写真を手に、はしゃいでいた。

I want to be ready for what you do.  きみの成長の足元にも及ばないけれど、43才と38才、お父さんもお母さんも、大人になる時がきた。この年で、この発言。ヒジョーに恥ずかしいけれども。ようやく、やっと、武装解除の時。軽やかに、きみと歩けるように。

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