2015年4月24日金曜日

夢魔

今日の私は疲れている。育児のせいではなく、約1年ぶりの観劇のせいである。大勢の人間が関わり、人間が、大勢の人間の前で、人間を演じる。エネルギーの放出量がすさまじく、前から3列目の席で、それを浴びていたら、芯からくたくたになった。三浦大輔さん演出『禁断の裸体』である。昨日の今日で、未消化の状態。飲み込んだものが胃袋でごろごろしているような状態。体が重たいのに、手足はぶらぶらする。

数年前から、三浦さん演出の舞台はほとんど観てきた。リアルとはどういうことか、ということを、いつも考えさせられる。性描写、暴力描写を避けずに描くことだけが「リアル」ではない、という当たり前のことを、三浦さんの舞台から、私は思い知った。俳優さんが目の前で裸になる(比喩ではなく、本当に裸体をさらす)。すると観客がハッとするのが分かる。観客の目から出た縄を、舞台上から引っ張っているかのよう。暴力的なまでに、すべての注意をそちらに向けてしまう。裸というのは雄弁だ。言葉以上にあらゆることを語る。『禁断の裸体』という、タイトルでも示されているように、俳優さんたちがこれでもかというくらい裸になった。先日観た『バードマン』でも感じたことだけれども(たまたま『バードマン』のパンフレットに、三浦さんへの取材文が載っていた)、人間が裸になる、その無防備さ、滑稽さ、うつくしさ、グロテスクさ、肉の可笑しみ、哀しみ。内野聖陽さんの肩から胸にかけての厚み、それを隠すシャツのエロさ(内野さんが出てくるだけで笑えるくらい、滑稽味があって、新鮮だった)。寺島しのぶさんの内腿や背中の筋肉の直線と曲線(寺島さんの所作があまりにきれいで、ちっとも下品にならない)。池内博之さんは怠惰な生活をしているという役で、身をよじった時の背中の段々(風が吹いているみたいに、いつもシャツがなびいているみたいに見えた。声が印象的だった)。野村周平さんは骨のかたちが透けて見えるような肌(混じり気のない良心と悪意、清純と猥雑が固結びしているような不思議な印象の若者)。そして、ひとりの裸を見ると、裸にならない俳優さんたちの肉体も意識してしまう。服の下に隠れている裸体。そちらの方がエロティックなような気がしてくる。肉と骨を震わせながら発せられる声。それぞれがそれぞれの役を生きて、大勢で見る夢を進めていく。そこから私が感じ取ること、感情の動きには、ものすごい手応えがある。俳優さんとは、どえらい仕事だと思う。

私は、「ここを見られただけで良かった」と、心から思えるところがワンカットでもあれば、たとえ全編が自分の好みでなくても、それが「いい」作品だと思っている。映画やドラマでもそうで、そういうものは、どっしりと自分のうちに残って忘れない。もしかしたら、ただ「気に入った」作品よりも心に残る。。三浦さんの作品だと、例えば『おしまいのとき』(2011年)で、エアコンの取り付け業者の男に犯された女が、男が去った後、半ケツを出しながら、リモコンで新品のエアコンをつける(自分を犯した男が取り付けたエアコン)シーン。あのシーンを見た時には鳥肌がたった。それを書いた三浦さんは人間を知っている、おそろしい、と思った。見ている私まで、ちゃんと傷ついた、とても好きなシーンです。『禁断の裸体』では、寺島しのぶさん演じるジェニーが、本来の用をなさないような、小さくて細い朱色のショーツを履く場面。あんなものを履いたりして、人間って、可愛らしくて、哀しい生き物だと、胸が苦しくなった。身も心も裸の俳優さんが目の前ですること、それを見てどう感じるか、何をどう汲むか。

笑えるところもたくさんあった。真剣さ、真面目さ、情熱が振り切れると、とんでもなくおもしろいですね、やっぱり。人間って、可笑しくて、かわいらしい。こういう時、神様がいるなら、きっと人間を憎からず思っているだろうな、と思う。

それから、三浦さんの舞台って、選曲がとてもいい。『禁断の裸体』はブラジルの劇作家ネルソン・ロドリゲスの作品ということで、使われている音楽もブラジル音楽だった(2幕の前に、アントニオ・ロウレイロがかかっていたような)。"Coração Vagabundo"で物語は終わる。めうこらそんゔぁがぼんどー、と口ずさみながら(その部分しか歌詞を知らない)、劇場出口に向かう。誰かに呼び止められたような気がして、舞台の方を振り返ると、セットのベッドが薄く照らされて、ペールゴールド。ベッドの奥には窓、その向こうに南国らしい大きな樹。あ、夜明け前みたい。その静かな佇まいに、なんだか、じーんときた。

劇場の外は、夕方間近、雑雑と騒がしい渋谷。たくさんの人間のエネルギーをまとって、体がやや重かった。ぬるい烏龍茶をひとくち。混雑した電車に乗って、夫と息子の待つ家に帰った。

月曜日から、その雑雑とした街で、いよいよ私は働き始める。今日の18時まで、予定なく自由に使える最後の時間。劇場の夢魔に取り憑かれながら、のんびりと過ごそうと思っています。

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