2015年4月21日火曜日

ぜいたく

午後3時。印刷物の分類(まだやっているのです)を終わらせて、読みかけの本をバッグに入れ、家を出た。iPodの電源を入れると、NHK-FMから、ピアソラとクロノス・カルテットによる『ファイブ・タンゴ・センセーションズ』が流れ始めた。厚い雲がのったりと動いて、雲の隙間に青空が見える。喫茶店までの道を遠回りして、草の匂いを嗅ぎ、音楽を聴く。2本の脚で、どこへでも行ける。

目的の喫茶店は、このあたりでは珍しい古い喫茶店である。先日、夫と通りすがりに入ってみて、すっかり気に入ってしまったのだった。「おじいさん」のマスター。「おばあさん」二人が張り切ってウェイトレスをしている。清潔な水色の麻のシャツを腕まくりして、テキパキ働いていて、気持ちがいい。不思議な作りのお店である。厨房が出窓になっていて、店の外から料理をしている姿が見える。ドアを入って右手がカウンター席、左手にテーブル席。船の模型や花の絵がいくつか、デコラティブな花瓶と間接照明。音楽は、入り口付近で薄くかかっている(今日はバッハだった)。丸みを帯びた四角のお皿には、カラフルなストライプ。「横に並べてみました」と笑って、夫と私のケーキをそれぞれ置いた。もちろん、コーヒーはとても美味しい。コーヒー豆も売っている。へー、知らなかった。こんなところに、こんなお店。「自家焙煎なんですよ。また是非いらしてくださいね」と、会計をしてくれた、別の「おばあさん」店員さん。はい、また寄らせていただきます、と言って、すぐに来てみた。

ひとりです、と言うと、カウンター席を案内された。今日は「おばあさん」ウェイトレスさんはいなかった。代わりに50代くらいのビシッとした男性が働いていた。出窓のある厨房にも、おじいさん。老紳士三人が、余裕の表情で、お店を回していた。実に、かっこいい。
カウンターの真ん中に腰を下ろす。ベイクドチーズケーキと、おすすめコーヒー、カサンドラ?ください。すると、マスターが「ベイクドチーズケーキはあいにく売り切れてしまって…レアはありますよ」。じゃあ…パフェにしようかな。フルーツとチョコレート、どちらにしようかな。「具は一緒。ソースが違うだけなんです」とマスター。では、フルーツにします。

マスターがフルーツを飾り切りする様子を盗み見しながら、本を読む。でも、集中できない。気になっちゃって。「はい」と出てきたのは、細長いグラスに入れられた、もりもりとしたフルーツパフェ。薄く、斜めに切られたりんご。オレンジとクッキーが二本。キウイとバナナ。フルーツはどれも手づかみで(フォークで刺すのにことごとく失敗したので)、ぱくっと口に入れて、あー幸せ。私のにまにました顔をマスターが見ているのを知っている。生クリームとバニラアイスクリーム。生クリームは自家製だろうか。甘くなくて美味しい。アイスクリームは、いちごのソースと混じり合って、舌の上で甘く溶ける。冷たいものを食べているのに、嬉しいからだろうか、暑くなって、シャツを脱いだ。長くて軽いスプーンですくって、探検隊の気持ちで食べ進める。コーヒーは、一緒には出てこないんだな。そう思って、マスターを見る。さくらんぼの柄の、クラシックなカップが、カウンター上で温められている。あれ、ぜったい、私のだ。マスターは、さりげなく洗い物をしたり、他のお客さんのコーヒー豆を挽いたりしながら、常連さんと談笑している。パフェを半分食べたところで、そろそろコーヒーが欲しいなーと思い、本から顔を上げたら、にこやかに「はい」とコーヒーが出てきた。このタイミング! 甘甘と、ひんやりしている口の中に、熱くて苦い、しかし爽やかな風味のコーヒーが流れ込んでくる。うぉ、とっても美味しい。またしても、にまにましてしまう。マスターの視線を右斜め上から感じる。ぜいたく。1400円也。

16時半。お店を出て、保育園まで歩く。今日は保育説明会が行われたのである。子どものいるスペースに幕を張って、私たちお母さんが来ているのを見つからないようにしながら、1時間。子どもたちの日々の様子とか、今後の保育方針とか、先生方やお母さん方の自己紹介。

今年で39才になります。長らく、ヤクザな道をひた走ってきましたので、まさか自分が母親になるとは思ってもみませんでした。こんなことを言うと気持ち悪いかもしれませんが、皆さんのお子さんを自分の子と同じように大事に思っています。名前を覚えさせていただき、声をかけています。うちの息子のことも、自分の子どものように、というのも難しいかもしれませんが、憎からず思っていただいて、悪いことをしたら叱っていただきたいし、かわいがってもらいたいと思います。みんなで、みんなを育てていきたい、そう思っています。

出席していたお母さん4人と先生3人は、私の話を、顔を上げ、頷きながら聞いてくださった。嬉しかった。美味しいコーヒーとパフェを腹に入れていたからか、落ち着いて話ができた。それでも照れて、あー緊張したー、とおどけて言ったら、幕の向こうから、ハスキーな私の息子の泣き声が聞こえてきた。担任の先生2人が一斉に私を見た。先生、うちの息子の泣き声だって分かったんだ。すごい。ありがとうございます。… 私は今日、先生が、うちの息子を見ていてくれている間に、フルーツパフェを食べました。月曜日から、がんばって働きますので、どうぞお許しください。えへへ。

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