2015年4月20日月曜日

雨の月曜日

雨の月曜日。息子を8時に保育園へ連れて行く。息子は一切泣かず、先生を見ると笑顔を見せた。「わー息も荒くなってなーい。すごいねー」と、1才児クラスの先生が声をかけてくださった。担任のT先生もとっても嬉しそう。先生が抱っこしたら、どうかな。あ、泣かない。私がドアを出ても泣かなかった。園舎を出て立ち止まり、耳を澄ます。泣き声はしない。生後9ヶ月。ぐっと「成長」したのだろうか。とにかくよかった。

仕事が休みの夫と、映画を観に行った。映画を観るのは1年半ぶりである。車で15分ほどのシネコンに向かう。雨の月曜日、しかも9時。きっと映画館は空いているだろうと思ったら、けっこうな混雑ぶりで驚いた。私たちが観ようとしている映画も混んでいるだろうと思ったら、比較的すいていた。受付の方に聞いたら、コナンとしんちゃんです、との答え。子ども、学校じゃないのか、おい、子ども。

アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡』である。冒頭、マイケル・キートンの哀しい背姿、逆三角形の体(頭からお尻まで)が浮いている。ああ、大嘘、と嬉しくなる。映画は作り物なので、私は、きっちりと「嘘」を見せて欲しいのである。神様の視点のようなカメラワークは軽やかでスムース(「全編ワンカットと見紛うほどの圧倒的なカメラワーク」と書かれていたのを読んでいて、どんだけのもんなんだ、すごいのかそれは、と身構えたけれど、あまりにスムースで気にならなかった。よかった)。「嘘」(映画の中の現実)が重ねられていき、「真実」が浮かび上がってくる。その「真実」に胸が震える。それは観客によって、それぞれ違う「真実」だろう。もしかしたら、私が感じた「真実」は、明日には変わっているかもしれない。

感想は詳しくは書かない。いい映画は、観終わった後も内側で大きく膨らむ。これを余韻というのか。うーん、少し違う。余韻って、波紋っぽいけど、この膨らみはもう少し縦横無尽に動き回る。うまく言えないけど。とにかく『バードマン』は、私の中で今、ごろごろと動きまくっている。
当然のことだけれど、映画は、何の情報もなく観た方が絶対にいい。胸に何か刺さったことがある人、それがまだ刺さったままの人には痛い映画である。でも、痛いままでは終わらない映画でもある。久しぶりに観た映画が、この映画で、幸運だった。ぜひ映画館で観てみてください。

ところで、この映画を観ると、(目もそうだけど)耳がよくなったような気がする。物語を支える、アントニオ・サンチェスのドラムのせいもある。街の音、ちいさなサイレン、割れるガラスの音、セリフ以外のすべての音を耳が拾おうとする。そんな中、映画の中盤、人物の声がくぐもり始めた。あれ?演出かな?と一瞬思ったが、何の意味もないし、場面が変わってもそのまま続くので、意を決して、映画館の方に言いに行った。事情を話すと、映写の人に確認すると言う。すぐに映写の人が確認に来た。「ドラムの音はふつうなんですけど、人物の声がくぐもっていて」と言うと、「この映画、主人公はけっこうボソボソ話すんですよ」と言う。いやいや。「いや、他の人の声も」と話していたら、見知らぬ女性が「音声のことでしょう。彼女の言うとおりです。英語が聞き取れないわ」と加勢してくださった。しばらくすると、音声は戻った。

映画が終わって、劇場を出ると、先ほどの女性が「あ、あなたも言ってくださったわよね」と話しかけてきた。傍に、映画館のスタッフ。「途中、ご覧になれなかった箇所があったということで」と待たされた後、招待券を私たちに手渡した。「あの、フィルムチェックした方がよろしいかと思いますよ。でないと、また、同じことが」と女性。すると「デジタル上映ですので、こちらでは何もしていません」と言う。おー、デジタル!「あのー、ご覧になった時は、あのシーン、音声くぐもってませんでした?」と私がスタッフに尋ねたら、「私は観ていませんので」!! えー、びっくり、うそー、よくも堂々と言えるな、と、心の中で声を上げる(それとも、今の上映をチェックしていなかった、という意味だったのだろうか?)。そうですか… と下を見たら、そのスタッフの方が履いている革靴がひどく汚れていた。なんだか、この人じゃしょうがないか…という気持ちになった。その彼が招待券を取りに行っている間、横で何も言わずに清掃しているスタッフの女子に「あなたが観た時はどうでした?」と聞いてみたら、「ただいま確認中ですので…」と弱々しい笑顔で返された。めんどくさいクレーム女2人組、そう思われてるんだろうなぁ。女性が何も言わなければ、何もなかったことになっていたのかな。私は、映画が終わったら、映画館の方が出口で「音声に聞き取りにくい箇所がありまして…」のようなお詫びをするものだと思っていた。でも、それもなかった。他のお客さんたちは気にならなかったのかしら、そう女性と話しながら、映画館を後にした。
嫌な気持ちは特にない。映画って、いろいろ起こりますよ。仕方ないとは思わないけれど、こういうことも起こる。(その時どうするか。何事もそうですが。)また観に行くわ。もう、こんなこと、起こりませんように。映画館の皆さん、チェック、プリーズ!(お会計ではない)

その帰り道、夫と近所にあるイタリアンでコースランチを食べた。私も復職するし、夫婦水入らずでお出かけできるのも、なかなかないことなので、奮発。『バードマン』のパンフレットをめくりながら、今観てきたあれこれをおしゃべりしながら、美味しく食事。ほぼ正方形の窓からは、オリーブの木と雨の車道。
そういえばむかし、ある小説家の方とメールでやりとりしたことがある。2回目のやり取りの時に「上手に嘘をつく練習をしてみよう」と言われたな。嘘。つくなら楽しい大嘘を。食事をしながら、そんなことも思った。

息子にも、いつか、愉快な大嘘を。その嘘を楽しめるだけのセンスが育まれれば、いいないいな。

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