2015年3月9日月曜日

愛情

息子が生まれて、病院から実家に戻った頃、息子は私に抱かれると泣いた。母や妹に抱っこされると泣き止むことが多かった。いま考えると可笑しいのだが、私は真剣に、自分の息子への愛情が足りないのではないかと悩んだ。産後の不安定な時期だったせいもあるが、そのことをうっかり口にしてしまい、涙が出たこともある。愛情。目に見えないもの。計ることができないもの。息子のことを、かわいい、とは思っているけれど「母親の愛情」って、こんなもんじゃないのではないか。家庭訪問に来た助産師さんにポロリと話したら「だいじょうぶ。そんなことはぜったいにないから」と言ってくださった。うーん、そりゃそう言うよね。しかし、愛情についてずーっと考えていられるほど、新米お母さんは暇ではない。毎日毎日、おっぱいをやったり、抱いたり、脱ぎ着せ、歌い聞かせ、一緒に眠って、お互いがお互いの存在を受け入れるようになったからか、私が抱くと息子は泣き止むようになった。

ある時、息子が3ヶ月頃だったか、ほぼ初対面の60代の女性に「赤ちゃんもお母さんも幸せそうで、いい親子ね」と言われた。はっとした。私の「愛情」はどうやら、ちゃんと息子にきちんと行き渡っているようだった。それは人の目に見えるのだ。心の底から、喜びが、ゴボゴボと湧き上がってくるようだった。私は安堵した。そして、私は、自分の愛情が不足しているとは考えなくなった。

私は毎晩、息子を寝かしつけながら「だいじだいじ。大好きだよ。たいせつに思ってるよ」と、息子の耳元で囁く。耳から私の愛情をトクトクと注ぐイメージ。満ちろ満ちろ。背中のこぶに栄養分を貯める砂漠のラクダみたいに、つらい時、私の愛情とやらをエネルギーに変えて、生きることができるように。息子が「母ちゃん、やめろー」と、本気で言うまでは、べたべたとくっつきながら「あー大好き、だいじだいじ」と言ってやろうと心に決めた。
息子よ、覚悟しておけ。

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