2015年3月4日水曜日

見た/観た


息子がお座りできるようになって4日目。目の前に、彼のおもちゃや本が入った箱を置くと、集中して遊ぶようになった。おもちゃを箱からひとつずつ出す、全部出す。気に入ったものは口に入れてみる。アルゼンチンの音楽家がくれた、小さくて真っ赤なマラカスを左手でそっと持って(するすると滑って持ちにくいマラカスを、ようやく自分だけの力で持つことができるようになったのだ)、振ってみる。音が鳴ることが分かると、転倒防止で横に置かれたクッションの上を滑らせ、床に落としてみている。本はまだ重くて、ひとりでは取り出せない。何気なく近くに置いてやると、何とかページをめくって、閉じて、まためくっている。

その間、私は息子の傍に座って、新聞を読んだり、洗濯物をたたんだり、メールの返事を打ったりしている。お座りができるようになってからは、できるだけ、息子の時間の邪魔をしないよう努めているつもりだ(もちろん一緒にも遊ぶし、息子から目は離さないのだけれど)。気に入ったおもちゃを落として、なかなか拾えなそうな時も、しばらくは見ている。今日は、がんばってがんばっても、転がっていってしまったおもちゃを取ることができず、体勢が苦しくなって、私の顔を見て「ウー」と言った。えらい。自分の口で伝えようとした。ちょっと泣きそうな表情ではある。「これ? お手伝いしていいかい?」と聞いてから、そのおもちゃを手渡してみた。つきっきりで相手してしまいそうになる自分をセーブして、私は私の時間を、息子は息子の時間をたいせつに。そういう方向性で。ああ、でも、信じられない。ひとりで遊ぶようになるなんて。息子は成長している。私はどうだろう?

夕暮れ間近。そろそろ夕飯の支度に取り掛からなくちゃ、と思っていた。壁に背中をつけ、息子を正面から見る。息子の背後に窓。窓は開いている。窓辺に、乾ききらなかった私のジーパンとキャミソールとハンカチが、洗濯干しのピンチで留めて吊るされてある。風。風が吹く。すると、レースのカーテンごと、洗濯物が窓の外へ出て行く。あっ、と、思わず目を見開いた。空の真っ青、隣の家のヒマラヤスギの深緑と茶色、私のジーンズのインディゴ、キャミソールの薄い緑と紫、ハンカチの黄色、レースのカーテンの白。すばらしい配色。それが風にのって動く。フリージアの香りと、外の、春の風の匂い。その手前に、息子がいる。胸の奥が震えるようだった。生きていて、よかった。大げさだけど、そう思った。ごたごたとした世界で、私は生きていたい。

何も起こっていないようで、実は、ものすごくいろいろなことが起こり続けている。目に見えるもの、注意しなければ見えないもの、見えないもの。
ひさしぶりに James Benningの作品を観たくなってしまった。数年前、ちょうど今ぐらいの時期、"Ruhr" を観て、とても興奮した。ひとりで観たのだが、あまりに興奮してしまい、知らない人に「…すごいの観ちゃいましたね」と、話しかけてしまったくらい。
春の夕暮れ時。雑然とした部屋で、窓の外へ頭が吸い込まれていくように、急に思い出した。いつか、また、でっかいスクリーンで、口を開けて観てみたい。





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