2015年1月28日水曜日

ドカーン!ドドドドドドド

朝から夕暮れまで、アパートの前で道路の舗装工事が行われていた。昨年から水道管を新しくする工事をやっていて、最後に道路の凸凹を直すそうである。昼間は息子を抱っこして、窓から工事の様子を見ていた。大きな重機が道路のコンクリートをぶち壊し、掻き出し、大型トラックの荷台に載せていく。かっこいい。私も息子も釘付け。ドカーン!ドドドドドドド。時どき家が揺れる。うーん、でも落ち着かない。それで、先日の育児相談で勧めていただいた、地域子育て支援センターへ行ってみることにした。

13時半過ぎ。歩いて10分の距離にある、大きな保育園の2階にある子育て支援センターへ。偶然同じ月齢の子が5人もいて、他も5ヶ月や7ヶ月など、近い生まれの子が多かった。産前の両親学級でも痛感したことだが、実は私はこういう場が苦手だ。仕事とか遊びなどの場面での初対面はちっとも苦にならない。結婚前はひとりでがしがし飲みに行っては、カウンターで知らない方々との会話を楽しんでいたものである。それが、こういった「子育てが共通の話題」の場がどうもだめだ。自分のコンプレックスの強さ、深さがより際立つような気がして、不自然な感じになってしまう。意識しすぎなのだろうか。好きな映画とか音楽の話でもできたらいいのに。すればいいのかな。
ちょうど、保育園の見学で一緒だった女性も、4ヶ月の娘さんを連れて来ていた。保育園の結果がもうあと3、4日ほどで送られてくる。「受かってほしいけど、落ちないかな〜って気持ちも結構あるんですよ」と私が言ったら、「あーそれ本音ですよね。離れたくないよね、子どもと」と、もうひとりのお母さんが同調した。私なんて、ここしばらく、毎日のように「落ちろ、落ちろ、とりあえず今回は落ちろ」と祈っているのだ。もう少し、つきっきりで息子の成長を見ていたい。そういう欲が出てきてしまった。もし、入園が決まったら、あと2ヶ月で、息子を保育園へ送り出し、私は仕事へ復帰することになる。
息子は、心中揺れる母などお構いなしに、おもちゃの入っているカゴを一心不乱に漁り、初対面の男の子の髪の毛や足を触り(よだれで濡らす)、興奮してミルクを吐き、逆さまになって女の子に熱視線を送り、そしてしまいには大泣きした。私はもう帰りたかったので、これぞいい機会と、帰り支度をしていたら、息子が大暴れ。私のニットキャップは手で払われ床に落ち、息子の涙を拭こうと取り出したハンカチもどこかへ飛んで行った。年配の係の方が「おっぱい飲ませてみたら」と声を掛けてくださったので、そうしてみたら、あっという間に息子は眠ってしまった。授乳室を出て行くと、私のニットキャップとハンカチはきれいにたたまれて、バッグの横に置かれてあった。何だかちょっと恥ずかしかった。「疲れたんだね。家とは違うし。いろんなお友達がいて、遊んで、興奮して疲れたんだね。また来てね」。係の方は優しかった。私は、お礼とお別れを言うと、息子と自分の名札シールもはがさずに、そそくさとセンターを後にした。

疲れたのか、夜が来て、息子はあっという間に眠ってしまった。私は珍しく起きてきて、これを書いている。夫はベッカ・スティーブンスのライブで今夜は遅い。あーこんな夜は、お酒でも飲みたいもんだね。

そうそう、今日はなぜだか、ラフカディオ・ハーンのことを考えていた。キティラ島、混血、ダブリン、母の発狂、父の死、左目失明、違法だった黒人女性との結婚、ニューオーリンズ、クレオール、パーシヴァル・ローウェル、ゴーギャン、万博、日本、ペレー山大噴火、etc… 4年前に、文化人類学者・西江雅之さんのお話を聞きに行って、いちばん印象に残った話。
大きな運命。そういうものに触れたいのかもしれない。この頃、私は小狡く小さくまとまろうとしているのを自覚している。はみだしたいのだ。からだの輪郭からさえも。本当は。

今日、よだれがたくさん出る息子を見て「歯が生えるんじゃないんですか」と言ったお母さんがいた。息子の口を覗き込む。歯らしきものはない。でも、ああ、歯が生える前の、あのムズムズした感じ。私の精神にも歯が生えるのだろうか。望むところだ。からだが透き通るほど疾走して、もっと自由になりたい。ドカーン!ドドドドドドド。


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